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「どこへって……バルガス家の屋敷だよ」
「いや待て! 気持ちは分かるが落ち着け!」
「落ち着いてなんかいられるかよ! 僕だけでなくマルガリータやルネを傷つけてその上兄さんを騙そうとしているんだよ? あんなやつ生かしてなんか置けない!」
部屋を出ていこうとするバンディ様の前にエドワード様が立ちはだかっている。
「バルガス侯爵がどうせ全部罪を被って死ぬつもりなんだろう? でもそれだと肝心のニーナは罰せられないじゃないか! それは許せない!」
「だが、病み上がりのお前が屋敷に行った所で……何ができる。それに殺人はだめだ」
「……兄さん」
「俺達に任せろ。ここは俺が何とかする」
バンディ様は肩を落としながらベッドに戻り、ちょこんと座った。そしてエドワード様の顔を見上げる。
「気を付けて。騙されないでね」
「ああ、気を付けるとも」
その後。私とエドワード様は揃ってバンディ様の部屋を出た。ルネはまだバンディ様の元にいたいと言ったので彼女の意見を尊重し、先に部屋を出たのだった。
「マルガリータ。俺はあの屋敷に行って王宮の地下牢に連れて尋問するか、その場で直に詰めようと思う。マルガリータはどう思う?」
「……正直危ない気はします。何をしてくるか読めませんし」
「ああ、そう言うと思った。だから兵は連れていくつもりだ。あと必要なものはあるか?」
(やはりエドワード様は行くおつもりだろう。これ以上止めても無意味だ。なら……必要なもの、か)
「私も行きます。そして……」
「そして?」
「魔法薬を持っていきます。何が起こるかわかりませんので」
それから夜。私とエドワード様は兵を引き連れてニーナのいるバルガス家の屋敷に向かった。屋敷の玄関では、メイドが何も抵抗する様子も見せずに静かに玄関の扉を開いてくれた。
「来てくださりありがとうございますわ、殿下。マルガリータさんもご一緒なのね」
エントランスホールには紅紫色のドレスに着飾ったニーナがいた。母親の姿は見られない。
「君を今から取り調べたい。付いてきてくれるか?」
厳しい目つきを見せるエドワード様にニーナは余裕の目線を向けている。
「私は生憎怪我をしておりまして……ここで済ませて頂けるなら」
「わかった」
「……お待ちください。怪我はどこですか? 治します」
私がそう言うとニーナの余裕のある表情が一瞬崩れるもすぐに元に戻った。
「いえ、結構ですわ。ではご案内します。兵を連れても構いません事よ」
ニーナに連れられて向かった場所は食堂だった。長机に白いテーブルクロスが敷かれている。
「どうぞ、お座りになって。お飲み物をご用意しますわ」
メイドが着席した私とエドワード様の目の前に透明のグラスに入った水を持って静かに置く。エドワード様はしばらくじっと透明のグラスに目を通し、そして一息に飲んだ。するとエドワード様の目の前に今度は書類がニーナの手により差し出される。
「こちらにサインをして頂けませんこと?」
よく見るとその書類は婚約書類だった。しかもあの夜会で皆に見せていたあの偽のものだ。
しかしエドワード様は疑う事無くさらさらと手渡されたペンでサインをしてしまった。
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