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「エドワード様?」
エドワード様の様子がどう見てもおかしい。目に光が宿ってなくてとろんとしている上に焦点が合っていないようにも見える。それに顔色も血色が悪い。
(もしかして……あの水を飲んだから?)
そう考えているうちにもエドワード様は椅子から立ち上がり、ふらふらとよろめきながらニーナの元に近寄り抱きしめようとしている。ニーナがにたりと勝ち誇った笑みを浮かべたのが私の瞳に飛び込んでくる。
「エドワード様!」
私が名を呼んでも反応はない。その代わりにニーナがうっとおしそうに口を開いた。
「なんですの? 婚約に異議があるとでも?」
「いえ、エドワード様の顔色が悪いように見えます。診察させてくださいませ。手遅れになっては私もニーナ様も困りますよ?」
「……っ診察? エドワード様の体調は問題ないように見えますが?」
「歩き方がおぼついておりません。それに目の焦点もあっていない。このサインも王太子殿下とあろう人間の書く文字にしては支点が定まっていません。すぐに診察をします……! 兵の皆さん手伝ってください!」
私の問いかけに後ろで控えていた兵がすぐに駆けつけエドワード様をニーナの元から引き離した。ニーナはちょっと! と一瞬声を荒げるが兵に取り囲まれると観念したかのようにおとなしくなった。
「失礼します」
私は右手を上、左手を下にして十字型に手を重ねた状態でエドワード様の額に触れた。そしてゆっくりと息を吐き治癒魔法をかける。
「……マルガリータ、俺は……?」
「お気づきになりましたか?」
「……ああ、気が付いた。俺は媚薬入りの水を飲んだみたいだ。だからこの書類にサインをしてしまったという事だな。ニーナ、覚悟はできているか?」
冷静さを取り戻したエドワード様の足元は全くおぼついておらず、目つきにも光が宿り更に厳しいものに変化している。
「で、殿下……」
エドワード様はばっと机の上からニーナが奪い取ろうとしていた婚約書類を先に取り、兵に渡した。そして兵にニーナを捕縛するようにと伝える。
「ニーナ、観念するんだな。俺を騙すなんて無理だ。俺にはマルガリータがいるんだからな」
「……っ! 我が国の出身者ではない薬師にそこまで肩入れするなんて、あなたそれでも王太子殿下ですの? 王太子殿下となられた方には、わたくしのような貴族の令嬢がふさわしいと言うのに!」
「そんなもの関係ない。俺はマルガリータを愛しているからな」
エドワード様はそう言って私を右肩に抱き寄せたのだった。その様子をニーナは親指の爪を噛みながら悔しそうに見つめた状態で兵に捕縛され、連行されていったのだった。
「帰ろう、マルガリータ。君のおかげで助かった。ありがとう」
「いえいえ。まさか……とは思いましたので」
帰る間際、私は用意された水に手を付けて魔力を当ててみた。すると水が毒々しい緑色に変色する。言うまでもなく毒が入れられていた証だった。
「これも持って帰ります。証拠になるでしょう」
「ああ、そうだな」
こうして私達はバルガス侯爵家を無事後にしたのだった。兵に守られながら帰還した私達。その後バルガス侯爵家への尋問が始まった。
バルガス侯爵は相変わらず全ての罪を被ろうとしていた。その事を兵がニーナに伝えるとニーナは一転して罪を全て認めたのだった。
「わたくしが全て悪いのです。エドワード様と結婚して王妃になりたくてやった事でございますわ。悔いはございません。殿下はわたくしではなくマルガリータさんを愛していらっしゃるようですし」
尋問を担当する兵に向かって、彼女はそう淡々と語ったと聞いた。のちにエドワード様とバンディ様も尋問に加わったが、彼女の淡々とした口調と態度は変わらなかったと言う。
「罪を全て認め、極刑でも受け入れるって感じだったね。ニーナのあんな姿は見た事ないよ」
「バンディの言う通りかもしれない。あのようなしおらしい彼女を見たのは初めてだった」
尋問の結果。ニーナは書類偽造とバンディ様を傷つけエドワード様に媚薬を盛った事による王家への反逆罪により死刑が決まった。死刑が宣告された際もニーナはただ黙って聞いていたとエドワード様から聞いた。死刑はほどなく執行された。また彼女の両親も侯爵の籍をはく奪され平民になり島へと流刑になったのだった。
こうしてニーナに関する一連の出来事は幕を閉じたのだった。彼女の取り巻きもいつの間にか消え、王宮学院からほとんど姿を消した。バンディ様が聞いた噂によるとある者は修道院へ行き、ある者は婚約を理由に王宮学院を退学し、ある者はどこかへと旅に出たのだとか。いずれにせよニーナが処刑された事で影響は多大に生じている事は理解できた。
ようやく穏やかに研究に集中できる。早起きした私はメイドにお化粧と髪結いをしてもらいながらそう考えていたのだった。
「マルガリータ、入るぞ」
「はい、どうぞエドワード様」
エドワード様が私の部屋に入って来た。その顔は疲れが見えている。そう言えば昨日の夜は私との夜伽を楽しんでいた所に側近が現れてお開きになったんだっけか。
「実は……カルナータカ家で働いていたメイドがこちらに逃げてきたようでな。今保護している」
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