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第10章 新人メイドと密偵※
「え? カルナータカ侯爵家のメイドがここに?」
「ああ、少し話を聞く限り着の身着のままで逃げ出して来たようだ。工場で働いていたとか」
工場? もしかして魔法薬を作る工場の事だろうか?
「そしてこの地下工場は閉鎖しようと思う」
父親のカルナータカ侯爵はそのように言っていた筈だがもしかして再開したのだろうか。それとも閉鎖できなかったのか? いずれにせよあの父親の言葉とはかけ離れている。
「マルガリータ、すまないが彼女の話を聞いてやってくれないか?」
「分かりました。行きます」
エドワード様に案内され向かった先は王宮内にある従者用の空き部屋だった。部屋の扉を開けると中にはカルナータカ侯爵家のメイド服を着て黒っぽい茶髪を束ねたそばかすのある若いメイドが簡素な椅子に座っていた。
「失礼します。あなたは?」
「あ、はじめまして……私はベルです」
「ベルさんですね。はじめまして。私はマルガリータ・カルナータカと申します」
「あ……もしかして侯爵家の……」
ベルの身体が突如小刻みに震えだした。おそらく私の名字からしてカルナータカ侯爵家の関係者に屋敷に連れ戻されると考えたのだろうか。
「大丈夫。屋敷に連れ戻したりはしません。かくいう私も似たような経験をしましたので」
「え、あ、そ、そうなんですか? ……連れ戻されないなら良かった……」
「私は実はカルナータカ侯爵と娼婦の間に出来た子供でして屋敷ではメイドとして働いていたんです。薬師の資格も持っています」
「な、なるほど……」
ベルの警戒心と不安が紛れた所で本題に入る。
「屋敷から逃げ出したんですか?」
「はい。魔法薬を作る工場で朝から晩まで働かされて……魔法薬の質が悪かったら、カルナータカ夫人やレゼッタお嬢様に叩かれるんです」
(やっぱり変わっていないんだな)
ベルから聞いた話をまとめる。
ベルは元々男爵家の令嬢で魔力量も中級である。しかし実家が没落し金銭面での苦労から伯爵家でメイドとして働き始めた。そこでの待遇は良かったが最近カルナータカ夫人によりカルナータカ侯爵家に引き抜かれたそうだ。
「あなたにはこの魔法薬を作る工場で働いてもらう」
侯爵家の屋敷に着くや否やそうカルナータカ夫人に言われたのだと言う。工場ではマニュアルに沿って作業をしていたが時折レゼッタの聖女の力目当てでやって来た人々からは薬が効かないという話を受けた。その話が出るとレゼッタは不機嫌になり、メイドに手を出すのだという。
「本当にマニュアル通りにやってるんでしょうね?! 私は聖女よ?! 魔法薬が効かないなんてあってはならない事なんだからしっかりしなさいよ!」
などと叫んだとか。
「他にもメイドはいたんですか?」
「はい。6人くらいいて大体は孤児院から集められてきてました。魔力量は中級から上級の子もいましたね。皆ここの養女になれると吹き込まれてきたみたいで」
(私とルネの時と同じだ)
「それでどうやって脱走を?」
「深夜にそのまま……壁をよじのぼったりして屋敷を出た後はとにかく走りました。そしたらこの国に到着していてそれで道端で偶然居合わせた兵にこの事を打ち明けて保護してもらったという流れです」
「そうだったんですね……怪我とかはないですか?」
「そこは大丈夫です。ちょっと擦り傷とかしましたけど治癒魔法で治しましたので。それと質問なのですが構いませんか?」
ベルから私に質問? どういう事だろうか?
「なぜレゼッタお嬢様はあんなに魔法薬を作るよう命じるのですか?」
(ベルはレゼッタお嬢様が魔力殆ど無いの知らないのか)
「ああ、実は……」
ベルにレゼッタには魔力が殆どない事を教えるとベルはえ? とにわかに信じがたいような表情を浮かべる。
「ほ、本当なんですか? でも聖女ですよね?」
「……私が本当は聖女なんです。あの託宣で聖女だと神官から言われたのは私。レゼッタお嬢様は魔力が殆ど無いという託宣だった。そしてあの神官はカルナータカ夫人の手で殺され、この託宣自体も無かった事になったんです」
「は? え?」
託宣に訪れた神官が殺されたというのはエドワード様も初耳だった為、嘘だろ? と何度もつぶやいている。
「託宣の神官を殺して死を偽装するとか……本当か?」
「ええ、この目で殺される所を見ましたので。あの託宣の場にはルネもいました」
「そ、そうなのか……それで神官の死はどうなったんだ?」
「事故したという事で偽装されました。結果もレゼッタが聖女という事になっていたかと」
「なんだそれ……」
その後もベルから様々な話を聞いた私とエドワード様。一旦ルネのいる部屋からエドワード様の部屋に戻り今後どうするかについて話し合った。
「ベルはどうなるんですか?」
「さすがに屋敷には返せないだろう。我が国で就職先を見つけるよりほかない」
「ですよね……」
「だが今のカルナータカ侯爵家がどうなっているかも気になる所だ。俺はスパイをあちらに送り込めればと考えているが……マルガリータはどう思う?」
エドワード様はそう言って真剣な目を私に向けてきた。
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