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レゼッタ視点②※
お母様が新しく何人かメイドを雇ってきた。なんて言って引き抜いたかは知らないけど工場で働く事には皆驚きの顔を浮かべていた。お母様が怒りながらあれこれ指示を出すとようやく動いてくれた。全く使えない奴らばかりだ。どうせ魔力は私よりかはあるくせに。
私は変わらず聖女としての努めに励んでいる。今日も私を求めてあちこちから人々が屋敷に訪れている。相手するのは面倒だけどそうは言っていられない。
「お次の方、どうぞ……」
次に入室してきたのはなんと全身膿だらけの汚い中年男だった。あまりの汚さと異臭さに思わず扇子で顔を隠してしまう。しかもこの男、にやにやと笑いを浮かべているのだ。
「聖女様のご加護を……」
「この膿を治せば良いのね?」
私はすぐに魔法薬を椅子の左横にあるテーブルから取ろうとしたが男は待て。と制する。何よ、何なのよほんと気持ち悪い……。
「聖女様が直に触れて拭ってくれなければ治らないと、神からのお告げだ」
「は、はあ?」
直に膿に触れる? そんな事出来る訳が無い。嫌よ触りたくなんか無いわよ。
「嫌よ。触りたく無いわ! 馬鹿にしないで!」
私は男から距離を取った。すると男は尚も歩いて距離を詰めてくる。その間にも膿が赤い絨毯にぽとりぽとりと滴り落ちる。
「嫌! 近寄らないで!」
私は怖くなり魔法薬を男に向けてぶち撒けた。魔法薬を掛ければ治る。これまでだってそうだった。
しかし、三分の一は治ったが三分の二はそのままだ。完全には治りきっていない。
「言った通りだろう。聖女が手で直に拭ってくれないと治らないと神はいった」
「嘘よ! 近寄らないで! 私の傍に近寄るなあああああああ!! 執事! 早く連れ出せええ!!」
執事に男を連れ出すよう命令しても固まって中々動こうとしない。結局私は走って大広間から離れて自室に入り鍵を掛けた。ここならやってこないだろう。
「はあっ……はあっ……」
鍵はかけた。この鍵には魔術的な効果もあるとお母様が言っていた。だから大丈夫なはずだ。するとどこからか悲鳴が上る。悲鳴の元になったのはあの男だろう。
しばらく部屋の扉の前で身を潜めているとドア越しに執事とお母様の声が聞こえた。
「レゼッタ、もう大丈夫よ」
「お嬢様、もうあの男は出ていきました。ご安心ください」
鍵を解除しおそるおそる扉を開ける。扉の前にはお母様と執事が心配そうに立っていた。私は思わずお母様に抱き付き涙を流した。ああ、良かった……良かった……。
「もう安心していいわよ。あの男はもういないから」
「良かったああ……うわあああん……」
それからは特にトラブルもなく無事に日没を迎えた。私はいつものように夜会に出る為に着飾って馬車に乗る。夜会では貴族や王族方と会話をし、時には夜を共にする事もある。こうして夜会を楽しみ屋敷に帰って来た時。玄関でメイドが騒いでいるのに出くわした。
「何してるのよ?」
「あ……ベルがいなくなったんです」
「ベル?」
確か魔法薬の工場で働いていたメイドか。そのメイドがいなくなったのだと言う。いつそれに気が付いたのかと彼女達に聞くとついさっきという馬鹿げた返事が返って来た。
「じゃあなぜ探しに行かないのよ! さっさと探しに行きなさいよ!!」
「は、はい……!」
さっき気が付いたのならなぜ探しに行かず玄関で留まっているんだ。私の指示が無いと行動できないのか。阿保らしい。私は呆れながら他のメイドや執事にも声をかけてベルを探させる。
何か事件に巻き込まれたとかならともかくお姉様のように隣国にでも連れていかれたか脱走したかだとまずい。ただでさえお姉様やルネがいなくなってるのに更に屋敷の関係者が隣国に連れていかれて私が魔力が無い事が知られたら……。
貴族や王族には私が魔力が無い事をまだ知られてないはず。早く見つけ出さなければ。
しかしベルは探しても探しても見つからなかったのだった。
「はあ? 本当に探したんでしょうね?」
「探したんですけど……」
「ですけどって何よ! ちゃんと探してないじゃない! はあ、もういいわ。お務めもあるしそれぞれ持ち場にもどりなさい」
私の中で焦りが湧いている。こんなのは初めてかもしれない。
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