レゼッタの行方

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レゼッタの行方

 今、私は草原をひた走っている。人の手による管理がなされていないと一目見てわかるような獣道を必死に走っている。息はもう何度も切れた。だから何度も立ち止まってはまた走るのを繰り返している。  それに今着ている服はドレスじゃなくて男物のシャツにズボン。どう見ても令嬢が着るような服装じゃないがお母様がその方が良いって言うもんだから仕方なく着ている。 「レゼッタ! 立ち止まっちゃダメ! 早く走って!!」  お母様はさっきからそのように私を急き立てるばかり。私は令嬢で聖女よ? 走る事には慣れてないの。  だが、走らなければつかまってしまうので結局走らざるを得ないのだった。苦しい気持ちを紛らわす為にどうしてこうなったのか、振り返ろうと思う。  私はお姉様とエドワード様を追って彼らの宿泊する屋敷までは到着した。しかし門番係の兵に武器を向けられたのだ。聖女に向けて剣を向けるだなんて全く非常識かつ野蛮な人達だ。 「ちょっと! 私は聖女よ?! 剣を向けるだなんて非常識な!」 「相手は王太子殿下です。聖女と王太子ならどちらが上か分かるでしょうに」 「そんなの私が上でしょ?! それくらいわかってるわよ。だから剣を降ろしてこの屋敷に入れなさい!」 「無理です。というか聖女がここまで馬鹿だなんて信じられない」 「ああ、全くだ」 「はあ? 私を侮辱する気?」 「侮辱も何も、王太子殿下だぞ?」  言い合っていてもらちが明かない。そこへお母様が走りながら現れた。 「お母様! この屋敷に入れてくれないの!」 「いや、あなたはここには来なくていいわ。それより国王陛下がお呼びよ?」 「そうなの?」 「あなたとダンスしたいんですって。さ、戻りましょ」  国王陛下がそうおっしゃっていただけるならなんとも光栄な話だ。私はお母様と共に王宮に戻り、ダンスが行われている場所に戻ったのだった。だがそこでも面倒事は起きた。なんと王妃様から聖女としての力が落ちているんではないかしら? と言われたのだ。王妃様には毒入りのお菓子を与えたはずなのに……。もしかしてあれから回復したのだろうか。別に回復しなくてもいいのに。 「それはあり得ませんわ。だって私は聖女です」 「でも、あなたの治療を受けても怪我や病気が治らなかったという民がいると聞いたわよ?」 「それは私の聖女の加護が合わなかったという事だけでしょう。薬も同じ。身体に合う合わないは必ずあるものです」  面倒な人ね。そこへルネが現れた。ルネの隣にいるのはバンディ様だ。ルネのにやにやした笑みは本当に気持ち悪いものに見えた。 「レゼッタお嬢様。神託をもう一度受けてみてはいかがでしょうか?」 「聖女の力が落ちてるって噂が流れているなら改めて神託を再度受けたらどう? そこで聖女である事を証明出来たら噂の否定にもなるよ。君にとってはメリットなんじゃないかな?」 「神託をもう一度受ける、ですって?」  神託をもう一度受ける? そんな事して何になるの? 大体神託はあれっきりでしょ? 「何か神託を受けられない理由でもあるのですか?」 「な、王妃様……? だって神託はもうしているではありませんか。これ以上しても何も変わりませんわ」 「レゼッタのお母様。今はレゼッタとお話ししているんです。邪魔は……」 「私が腹を痛めて産んだ子よ?! 関係ないって言うの?!」  お母様が王妃様に詰め寄ろうとしている。王妃様ははお母様の反応を予見できていなかったのか驚いて半歩後ろに下がった。そこへルネとバンディ様がこちらへと歩みよって来る。 「レゼッタ、神託を受けないと噂が広まるままになるよ?」 「噂を払拭する為にも御受けになった方がよろしいのでは? もちろん私とマルガリータも同行いたしますわ」 「なっ……」  あの日の神託。マルガリータとルネも一緒だった。そこで私は魔力が殆ど無いと言われマルガリータが聖女でルネも上位の魔力量を持つと言われていた。私がそれを忘れているはずが無いし、ルネもおそらく忘れてはいないはずだから……私が聖女じゃない事を示したいんだろうなって事はよくわかる。それにお母様は神官を殺した。それも暴かれるかもしれないと思うととてもじゃないけど神託を受ける気にはなれない。 「……わかったわ。受けましょう」 「お母様?!」  何を言っているの?! 神託を受ければ全てバレてしまうのに! だけどこの事は言えない。私は悩みぬいた結果お母様の指示に従う事にした。お母様だからきっと何か考えているに違いない。  その後。私とお母様は宿泊先の屋敷に泊まった。本当は王宮で泊まりたかったのだけれどこれもお母様が拒否したのだ。帰宅するや否やお母様は麻で出来たリュックに荷物を積み始める。 「お母様、何を……?!」 「決まっているじゃない。ここから逃げるのよ。あの人もいないし今がチャンスだわ……! ほらレゼッタも着替えなさい! 男の服を着るのよ!」 「なっ、ちょっと待ってよ!」 「無理よ。時間が無いもの。さ、行くわよ!」  結局お母様に半ば押し切られる形で私は着替えて裏口から静かに移動した。その後の事はほぼ全くと言っていい程覚えていない。気が付けば夜明けを迎えていた。  そして自分が今どこにいるかもよくわからない。お母様はコンパスなどを使って他国へと移動しているようなので多分そこへ行けばどうにかなるのかもしれない。 「走って! 走りなさい!」 「も、もう無理よ……だって私走り慣れていないもの」 「死にたいの?」 「死にたくない……けど……」  実際死にたくない。が、貶められて死ぬよりかは自分で死んだ方がはるかにましだ。道中、農村に立ち寄った私は旅人用の小屋で休憩を取る事にした。お母様は早く行けと促してくるけど休憩くらいほしい。それにお腹もすいている。  ふと、ズボンの左ポケットに何かが入っているような気がしたので取り出してみる。それは小さな魔法薬の入った瓶だった。瓶の形状からしてお姉様が作っていた魔法薬ではない気がする。それになんの魔法薬なのかも何も書いていないのでわからない。 (毒……?)  確か自決用の魔法薬は赤色でこの瓶に入っている魔法薬の色も赤。確かに似ている気がする。毒入りの魔法薬には死を偽造出来るものもあると聞いた事があるが、多分これは自決用だろう。色合いも毒々しいし。 (もしも何かあったら、これで……)  死刑になるくらいならいっそ、自分で死んだ方がまし。そう思えてきた。それならギロチンにかけられる事も無いし自分の意志だから納得も出来る。こういう風に思考が及ぶのは初めてだ。それくらい多分私は追い詰められているのが理解できた。聖女なのに最後はこうなの? いやよ。でも悲劇のヒロインは昔からどこにでもいる。だから私もきっとそうなのね。お姉様や王妃様に辱めを受けるくらいなら、自分で死のう。 (どうせ、魔力ではお姉様に叶わない。それにお姉様にはエドワード様がいる……なんだか、もう……どうでもよくなってきたかな……)    すると後ろから馬が疾駆する音が聞こえてきた。何かしら。この辺の農民だろうか。ポケットに魔法薬をしまう。 「止まれ! レゼッタ!」 (うそでしょ、なんでお父様がここに……!)  お父様が追いかけてきただなんて。もしかして一緒に付いていってくれるのかしら? ええ、きっとそうに違いないわ! 「あなた……! 一緒に付いてきてくれるのね!」 「いや、今から王宮へと来てもらう」 「何を言っているの? 私達は王宮なんか行かないわよ。ねえ、レゼッタ?」  そうだ。私達は王宮へは行かない。神託なんて受ける必要が無いし、それに王妃様があれだけ私の事を嫌っている以上行ってもろくな事はならない。王妃の座には付きたかったけど……。 「ええ。王宮なんかにはいかないわ。じゃあね役立たずのお父様! お元気で!」  私は踵を返して再び走る。その瞬間、目の前の視界が真っ黒になった。
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