天使の私が歌うことをやめたなら

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 その後、彼は奇跡的に回復し、死亡予定日を過ぎても身体に異常は見られなかった。    そして、こっそりと続けていた受験勉強が功を奏したのか、志望大学にもストレートで合格し、さらに周囲を驚かせた。  二十歳を過ぎた現在、定期的な検査入院は必要だが、健康な学生とあまり差はない生活を送っている。  そして、カノンはというと――。  彼の死期を歪ませた罰で、亡くなった人を天界へ案内する資格を剥奪された。  しかし、カノン自身の魂を消滅させられることも覚悟していたため、ずいぶんと温い処分だと驚いている。  天使としての役目がなくなったため、今も時折、彼のためだけの歌を歌う。  そして、天上の歌だけではなく、J-POPやアニソンの鼻歌を歌ったりして、まるで人間の少女のように地上で暮らすようになった。 「カノン! お待たせ。午前の講義、終わったよ。ご飯行こ?」  大学の空中庭園のベンチに腰掛けて、木や花と談笑していると、彼が手を振りながら駆け寄ってきた。 「お疲れ様」  カノンが労いの言葉をかけると、彼は少年と青年の間のような表情で笑う。  一緒に過ごすようになってから分かったことだが、彼はいわゆる霊感体質だったらしい。    子どもの頃から何度も生死をさまよい、あの世とこの世の境が曖昧になっているようだ。  カノンの姿を見て、触れることができたのも、死期の半年前に歌声を聞けたのも、それが理由だった。    だから、健康になった今も彼はカノンの姿を認識し、会話することができている。  彼があまりにも自然に話しかけてくるため、仕方なく、カノンは生きている人のフリをしている。 (盛大な独り言を言ってる人だと思われたら、かわいそうだから……。別に他意はないのよ)    心の中で、誰に聞かせるでもない言い訳をした。  そして、彼と一緒にいても、天界から注意や罰を受けることもなく、穏やかに日々が過ぎていく。  しかし最近、「カノンは、人間の女の子に生まれ変われないの?」と彼が尋ねてくるようになった。  そのたびに心臓が跳ねて、上手く歌が歌えないことに彼女は少し困っている――。                  了
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