1:彼女バグりまして。

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1:彼女バグりまして。

 僕の今の大学生活は、ほぼ同じ一週間の繰り返しである。  月曜日、寝ぼけ眼のまま満員電車に乗って一時間目へ行く。  これは必修である。  そして、講義が終わると数時間バイトし、深夜軽い食事を取って眠る。  火曜日は二時間目からだが、朝は一時間目があるときと同じ時間に大学に着いて二時間目の授業がある教室で月曜日の講義のレポートおよび実験レポートの作成をする。講義後は、彼女と最寄りのショッピングモールで過ごす。  水曜日は実験。これをもとにレポートに取り組む。  講義後は、彼女か友人と学生ラウンジや空き教室でレポートを話しながらやる。  木曜日は一時間目からである。講義後、サークルに顔を出す。  毎月安くないお金を納めながら軽音活動を行っているが、楽器に適性のなかった僕はボーカルをしている。たまに、キーボードやベースもやるが、人数合わせであることが多い。僕と部員は時折大学近くのラーメン屋や定食屋でご飯を食べるような、よっ友の少し進化しただけの関係である。  金曜日は午前のみ講義で、バイトと免許取得に向けた自動車学校でバランスを考えてスケジュールを組んでいる。大学二年生の今急いで取ろうと思ったのは、サークルの先輩が就活の際に運転免許くらいは持っていないと苦労するなどと愚痴を吐いていたからである。あまり仲の良い先輩ではないものの、ただの後輩に言いたくなるようなレベルだと思えばやはり必須なのだろう。  土曜日はバイトとレポート。時間に余裕があれば友人と遊ぶ。特に用事がなければ動画投稿サイトやネット配信を見て時間を潰したり、ひたすら眠りを貪ったりする。なお、彼女と長電話することもあるが、土曜日は一日バイトらしくデートをしない。  日曜日はガールフレンドと一日デートをする。彼女ができたときは嬉しかったし、デートはもちろん、話すだけでもドキドキしたものの、慣れてくるとそういうものかと感じてしまう。不快感がなく居心地が良い点では相性が良いのだろう。別れを切り出されたら醜く誇りもなく粘る予定ではあるから、大好きではあると思う。でも、僕の人生から飛び出すようなわくわく感や刺激が足りないところや僕以上に楽しそうで感情の大きさがあまりに違うと思ってしまうところが、どうやら飽きた理由だと分析した。  とまあ、いつまでも同じ一週間が来るというのは面白くないものだ。  今日は、火曜日。ショッピングモールのドーナツ屋で彼女と話していた。  彼女と僕は、クリームが入ったもの、揚げてシュガーをまぶしたもの、チョコレートでコーティングしたものの三種を選んだ。またドリンクは、僕がカフェモカ、彼女はココアである。 「でね、発表した内容を褒めてもらえて」 「前言ってたやつ?」  彼女は同じ軽音サークルに所属する同学年であるが、学部は大きくことなる。実験レポートがない代わりにグループワークや調べてまとめる講義があるらしい。仲間と協力して一つのものを仕上げるのは楽しそうである。 「そう! 今度、打ち上げ行くことになった。たぶん焼き肉かな? スイーツの美味しい店か?」 「それ全然違うよね。夕食かおやつか」 「そーだよね」  彼女は嬉しそうに言う。  たぶん、グループワークのグループには男がいるだろう。  少し複雑だが、楽しそうな彼女を束縛するわけにはいかない。  それに、もし間違いが起きたら、僕はいくら悲しくても別れるしかないのだ。 「どうしたの?」 「いや、なんでもない」  カフェモカを飲む。  深いコクとコーヒーの渋い旨味が染みる。  甘すぎないがゆえのすっきり感と苦みが感じにくい飲みやすさがカフェモカの良いところだ。 「あ、美味しい。生クリームみたいなホイップクリーム」 「本当だ」  刺激のない日々、同じような一週間。つまらない輪廻に閉じ込められたみたいだ。縛られた日常に、ポンと大きな衝撃が生じて、綺麗な物語のような出来事があればいいのに。どれだけ悲劇が起きていても、刺激的で楽しそうな物語が羨ましいとさえ思う。平和はつまらない。 「なにあれ」  彼女は横を向いて指を向ける。  彼女は震えていた。瞳が揺れていた。手がゆっくりと脱力して、ぶらんと下がる。  魅せられていた、慄いていたそれに、僕はようやく視線を向ける。  シャボン玉の膜の光の干渉のような、青っぽい虹のような模様が空間全体に広がっていて。身長ほどの目玉一つが宙に浮いていた。  ギロリと瞳を向けて僕たちを見る。 「あ、あー、あー」  綺麗な女性のような声が聞こえる。  マイクで音声チェックをするような。 「今、なんか」  彼女に確認しようと振り返ったが、光の干渉が背景を隠してしまって彼女の姿が見えない。座っている椅子や机も見えない。なんだ、これ。 「では、人類のみなさまにお知らせです」  人類のみなさま? 「私たち神様が運営してきたα世界ですが、人類が八十億人を超えたということで処理能力が足りなくなってしまいました」  神様? 処理能力?  ゲームみたいな。幻影。 「よって急遽α世界はサービス終了となります。申し訳ございません。早急にβ世界を用意するので、少々お待ちください。お詫びとして神様から一人一人に、可能な範囲ですが、生まれ変わるときにオプションをつけますねッ!」  視界が戻った。  一体、なんだった? 「寝ぼけてたのか」  ドーナツを食べる。  違和感、テーブルに映る陰が大きい。  視線を感じる。  周りが異様に静かだ。  みんなが僕たちの方を見て声を出さずにじっとしてるのか?   「ごめん」  彼女が言った。  まじか。  背中から右側に黒い羽毛の翼が生えている。  額から角が一本反っていて。  黒い輪が二つ、腰のあたりに浮いている。  牙が見える。  異形。 「私、変になってる」  彼女は動揺していた。    僕はつい笑ってしまう。  そうか、彼女は特別だったんだ。  刺激そのものだったんだ。
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