2:異形の力

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2:異形の力

 僕の彼女は翼をひとつ、角をひとつ、牙をふたつ、輪をふたつ持つ異形となった。  それを見た僕はつい笑ってしまう。彼女は特別なんだと思った。 彼女は動揺して動けなくなってしまう。そのときだった。 「バ、化け物!」  遠くのテーブルから視線を向けていた男が叫ぶ。男が逃げ出そうと走ると、他の人も走り出して。  ドーナツ屋の外の人が、逃げ出す人々の先に異形を見つけると、ある人は走って逃げ、ある人はカメラを向けて怯え、ある人はじっと様子を窺っている。 「行こうっ!」 「え?」 「うん」 「あ、うん」  彼女は慌てた様子で返事をする。僕が彼女の手を取ったときだった。彼女のひとつしかない翼が羽ばたき、僕らは不安定にも加速しながら天井へ。  見ていた人たちは、店員か客かは関係なく逃げ出したり騒いだりしていた。  パニック。  それを僕らが作っている、と思うだけで非日常の足音を感じる。楽しい、刺激的だ。  天井を突き破る。  屋上駐車場に着地をする。  車が一台ひっくり返ってしまって、窓ガラスが割れていた。  夕陽も、ふんわりと浮いている雲も牧歌的である。 「私、どうしよう」  ひとつだけの翼で顔を隠す。  僕は彼女を後ろから抱き締めた。  ……冷たい?  でも不安なのは彼女の方だ。 「大丈夫、僕と一緒だから」  彼女の輪が広がって、僕の背中を撫でるように締め付ける。これも彼女が動かしているのだろう。慣れていないからか少し痛い。 『人類のみなさま、こちら神様です。あと四日ほどでβ世界への移行準備が終了します!』  脳に直接声が聞こえる。  瞬間景色が変わった。  一本の木、芝生、青い空。さらに空間が歪んで、干渉のような虹色に変わっていく。  そこに赤いミミズのような、人差し指程度のそれが干渉した空間を泳ぐようにして集まっていく。  ミミズは集まると互いの境界を溶かしあって、液晶画面のようなものを作る。そこにミニスカートを履いた少女が姿を現した。 『ただいくつかバグが起こったようなので対処する必要が生じました。健全なみなさまには申し訳ありませんが、神様対応部隊を派遣します!』  くるりと振り返って微笑む。  そして、消えた。 「バグって、もしかして私?」  彼女は膝を着いて泣いていた。  輪は緩んでいた。  振り返ると野次馬の一部が到着したらしく、エレベーターの扉の前でじっと見ている。自動扉を出るのは怖いのか、スマホのカメラを向けるだけだ。 「大丈夫、守るから」 「ありがと。でも、」 「いいところを知ってる。そこで身を隠そう」 「信じていい?」 「もちろん。君のためなら僕はなんでもできる。逃げよう、たぶんβ世界とかいうやつに移行するまで逃げれば、四日逃げればいいはずだから」  僕は彼女の手を握りしめる。  彼女は頷いた。  ひとつの翼で不安定な飛行をする。  たどり着いた場所は僕の家の近く、家主が改装を放棄してすでに一年以上人が入らないボロボロの家の前だった。  車庫と玄関を改装したかったのか、そこを仕切る壁は何もなく簡単に侵入できる。  罪悪感はないわけではないが、あと四日で世界が生まれ変わるなら、許されない行為だとしてもどうでもいいと思っていた。 「ここは?」 「僕の家の近く、でも、人通りはほとんどないから。ここに身を隠そう、ちょっと食べ物でも買ってくる。あと家からお金取ってくる」  彼女は俯いて僕の袖を掴む。 「怖い。私、」 「翼も牙も輪っかもある。君は特別な力がある、君は強い」  彼女は頷いて、ボロボロな家のなかに入っていった。  僕は彼女が入ったのを確認して家を目指す。  彼女は僕が守る。  何があっても、どんな困難が待っていても。彼女は特別なのだ。  家に着く。母親はまだいない。お金と、お菓子と飲み物を鞄に入れた。 「バグ探しちゅウ! バグ探しちゅウ!」  異様に高い声が聞こえる。  カーテン越しに窓を覗くと、西洋甲冑の集団が銃をもって歩いていた。  住民が見つかると銃から地面に向かってビームが放たれ、鞄を覗かれたり身体検査をされたりしていた。  逃げ出す人々も見えた。  中にはビームで撃たれて太ももから血を流す女性もいた。  どうすればいい?  スマホを取り出す。ネットが繋がらない。彼女へ電話をするが繋がらない。  テレビもSNSも砂嵐のようなものが表示されるだけだ。神様はいる、そういうことだろう。 「どれも阻害されてるわけか」  玄関を開ける。  周りを見渡して、走り出そうとしたときだった。  頬をビームが掠めた。 「バグなのカ? 正体を確認すル」  西洋甲冑の一体が銃を向けていた。
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