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あの夏コートダジュールの別荘で、まだ幼い花名からもらった無条件の愛は、僕を優しく満たした。
これが一度目の出会いだ。僕はただ彼女の幸せを信じて夏に別れを告げた。
パリに戻ったあとは、埋めようのない寂寥感に苛まれることになっていく。花名との出会いによって、ずっと渇望してきたものが何なのかを知ってしまったからだ。
周囲から羨望の眼差しを向けられる”マダム・ツバメの息子”である自分という存在を、一番受け入れられなかった時期でもあった。
彼女の名声は大きく、僕の努力なんて存在しなかったかのようにかき消してしまう。それどころか、まるでツバメの手柄であるかのように変えてしまうのだ。
連れていかれたパーティで会う人々が、隣に立つツバメに対して、さすがあなたの息子さんだとか、才能は受け継がれますね、などと僕のことを口にするたびに、こんな母親から受け継ぎたいものなんて何もないのにと心の中で苛立ちを抱えていたのを覚えている。
誰も本当の僕を見てくれないという思いは、破裂しそうなほど膨らんでいき、自分自身をぞんざいに扱うようになった。そうすればツバメが振り向いてくれるかもしれないと思っていたんだろう。
あのタイミングで絵莉さんとジェレミーに会っていなければ、僕は自分を見失ったまま、足を踏み外していたと思う。
とはいえ、二人と一緒にアパルトマンに住むようになっても、呑み込まれそうな孤独は、完全に消えてくれなかった。
ツバメの息子であることを隠して演奏をし始めた僕は、若いのに才能があるとしばしば言われた。嬉しい言葉であるはずなのに、素直に喜べなかったのは、ツバメと僕では演奏する土俵自体に天と地ほどの差があると分かっていたからだ。
周りよりは優れているという優越感と、このままではツバメを追い越すどころか追いつけもしないという劣等感に、僕の心はいつも揺れ動いていた。
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