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アパルトマンに置かれていたピアノの黒い筐体は、絵莉さんがせっせと磨くせいで、僕の指や顔から、背後の暖かな暖炉の火に、笑い合う絵莉さんたちの姿まですべて映した。
彼らから慈しむような視線が向けられているのに気づくと、自分が家族の一員であると錯覚しそうになって、必要もないのに譜面台に楽譜を置き、視界を塞いだ。
そうやって別れの準備をしていたなんて言ったら、絵莉さんは怒るだろうけれど、出ていきなさいと言われるよりも前に、自分から離れていきたかった。そうでもしないと裏切られたような気持ちになってしまいそうで、怖かったのだ。
彼らのアパルトマンを出たあとしばらくして、何もかもを投げ出すように日本に帰ってきた僕は、別れを告げなかったことに罪悪感を覚えながらも、気持ち的には随分楽になっていた。もう僕はマダム・ツバメの息子ではなく、ただの大学生だったからだ。
それでもツバメを見返さなければという気持ちや、無関心すぎる父親への反抗心がなくなったわけではなく、やみくもにジャズに向かわせていた。当時の僕の音楽に対する原動力は、常に両親への怒りだったのだと思う。
だから、ある意味父の死が僕を解放したとも言えるのだろう。蓄積されていた両親への怒りも、ツバメに認められるために必死だったジャズへの情熱も消え失せてしまい、残ったのは何もない自分だった。
花名に会うまでの間、塾講師として働きながら、毎日何を考えて過ごしていたんだろうかと考えてみたが、時が止まっていたかのように思い出せなかった。
親同様に人をまともに愛せない人間なんだろうという、漠然とした虚しさはあった。ただ、それでもいいと思っていたのだ。昔のように感情に振り回されて生きるよりは、一人で静かに生きていく方がずっとましに思えたからだ。
そうした中で、花名に再び会った時に芽生えた、愛し愛されたいという欲求には酷く動揺したし、受け入れるのに時間がかかった。
僕はいつも彼女に愛を教えられる。その苦しさも、温かさも、恐れも何もかもを。だから花名は僕にとって愛そのものなんだろう。
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