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僕は手を伸ばしてスマートフォンの停止ボタンを押し、花名にヘッドホンを返した。
どう考えても、絵莉さんの面白いは笑えるの意味に決まっているが、どうしてこんなものが残っているのか。考えてみたけれど、自分で録った記憶もないから、絵莉さんが勝手に録音していたに違いない。
歌うときは大概二人が留守にしていたときだった。絵莉さんは私の前でも歌ってよとしつこく言っていたから、こっそり聴いてやろうと思って録音したんだろう。
すっかり忘れていた十代の頃の自分の本心が、リアルによみがえってきて、ざらついた感情と気恥ずかしさが混じり合う。
何か言って欲しそうな視線を浮かべて花名が僕を見ているが、何を言うべきなのか分からない。
「……面白かった?」
仕方なく苦笑いしながら言うと、花名は口をへの字に曲げてしまった。
「そんな風に思っていません。あの、このときの冬吾さんはいくつですか」
「多分16とか17くらいじゃないかな。日本で会った頃の花名と同じくらいだね」
「当時の冬吾くんはこんな感じだったと、絵莉さんが言っていました。歌詞も冬吾さんが書いたものなんですか?」
「歌詞はそうだね。今全部思い出せないけど、書いた記憶はあるよ。当時の僕は……きっとそうだったんだろうな」
何か言いたそうに、花名は僕を見つめている。
「子どもっぽく感じたかもしれないね」
「そんなこと……。絵莉さんは隠れた名曲だと思うから、私が歌ったらどうかと送ってくれたんですけど、冬吾さんは嫌ですか」
上目遣いで反応を窺われると断りにくい。それに嫌というよりは、小っ恥ずかしいという感覚の方が強いだけなのだから、花名がやりたいのならそのくらい我慢すべきなんだろう。
「別に嫌なわけではないかな。若干の恥ずかしさはあるけど、花名が歌いたいなら構わないよ。以前から二人で何か録音してみたかったし」
「本当ですか!」
パッと華やいだ顔を見ただけで嬉しくなれるのだがら、僕も随分素直になったものだと思う。
「それであんなに熱心に聴いていたんだね。どうせ花名のことだから、もうほとんど歌詞は覚えたんだろうし、歌いやすいように伴奏を作ろうか。どんな曲だったか整理するから、僕にもその録音送ってくれるかな」
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