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男の子の鼻だった部分から下は硬くて鎌状の上顎へと変形し、先端には鋭い牙が付いていた。
目も八個に分かれて真っ黒な無機質なものへと変化している……
可愛らしい男の子だった面影などまるでなく、蜘蛛の気味の悪い顔そのものになっていた。
「僕達、友達だよねえ?」
その鋭く尖った顎先を、私の喉元へと突きつけてきた。
もうどう答えていいか分からないっ……どう答えたって殺される……!
「紬!しゃがめ!!」
見ると真人がわずかに動く足先で地面に散らばった砂糖をなぞって文字を連ねていた。
「─────発!!─────」
真人の一喝で文字が浮かび上がり、鋭く尖った矢のようになって妖魔の腹部を貫いた。
男の子はギギギという不快な音を立てながら激しく身もだえると、パッと消えていなくなった。
「逃げたか。おいっ、この糸を早く切ってくれ。」
……逃げた?
じゃあもうこれで終わり?助かったの?
体の力が抜けて涙が出そうになってきた。だって本当にすっごく怖かったんだもん。
「聞こえてるのか?!狭間の穴がまだ開いたままなんだ!逃げないとヤバいんだ!」
真人がそう言い終わらない内にねっとりとした生ぬるい風が吹き始め、地面に散らばっていたスナック菓子が穴へと吸い込まれていった。
「あの穴は閉じる時に巣の中にあるものを全部吸い込むんだ。」
真人も私も、庭一面に張り巡らされた糸の上だ。つまりこのままだとあのお菓子みたいにあの世とこの世の狭間へと引きずり込まれてしまうのだ。
「大変、早く糸を切らなきゃ!」
「だからそう言ってるだろ!!」
ハサミで切ろうとしたが、細い糸なのに固くて一本切るだけでも大変だった。
もたもたしてる間にも風の勢いは増すばかりだ。チョコレートの箱も庭の雑草も次々と穴へ吸い込まれていった。
「火はないか?!焼き切った方が早いっ。」
火が着くようなものは持ってきてない。でも仏壇にはライターが置いてたはずだ。
家の中へと走っていって仏壇の引き出しをひっくり返してなんとかライターを探し出し、転びそうになりながらも急いで庭に引き返してみて呆然とした。
蜘蛛の巣の中は既に空間が歪むほどの膨大な風が吹き荒れ、全てのものを引き裂いて飲み込もうとしていた。
真人がこちらに向かってなにか叫んでいたが、声さえもこちらには届かないっ……
きっと来るなと言っているんだろうけれど、徐々に穴へと引き寄せられていく真人を見殺しになんか出来るわけがないっ……!
迷わず巣の中へと飛び込み、四つん這いになって一歩一歩踏ん張りながらようやく真人のところまで辿り着いた。
「来るなと言っただろ!!」
「そうなの?!早くしろって聞こえた!」
ライターの火を着けようにもこんなに風が強いとなかなか着かない。
風を遮ろうと体勢を変えた瞬間、体があおられ宙に浮いた。
しまった……吸い込まれる─────!!
抵抗する間もなく吹っ飛ばされて行った穴の直前で、誰かに腕を掴まれた。
目も開けられない砂嵐のような中で力強く私の体を抱き寄せると、そのまま巣の外へと連れ出してくれた。
「……ったく、出来もしないのに無茶しやがって。」
それは真人だった。
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