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「さて、戯言はこのくらいにして早速出発しようか。皆にも手伝ってもらうよ。」
珀は煙管を深く吸い込み、煙をフーっと三人の落ち武者に吹きかけた。
するとボロボロだった鎧が細工の美しい真新しいものへと変わり、ボサボサだった髪がすっきり整うと勇ましい兜に覆われた。
矢が頭に刺さっていたり内蔵が飛び出たりしていたのに、三人とも凛々しい若武者へと変貌したのである。
「彼らはね、元は名だたる武将だったんだよ。」
立ち姿からも漂う気品からしてあのタチの悪かった落ち武者にはとても見えない。
どうやら性格までお上品になっているようだった。
珀が指を剣のようになぞらえて空中で線を描くと、目の前の地面から襖がせり上がってきた。
四枚組の襖にはひと続きの壮大な極楽絵図が色鮮やかに描かれていた。あの世とこの世の狭間へと繋がる扉なのだそうな……
蜘蛛妖魔が作ったあのはた迷惑な穴とは大違いだ。
珀は真人をひょいと持ち上げると私に渡してきた。
「じゃあ紬ちゃん。真人の体が戻るまで、ニャ人のことよろしくね。」
「ニャ人とか言ってんじゃねえ!!」
珀はクククッと楽しげに笑いながら武将達を従えて襖へと入っていった。
余裕そうに出発していったが、狭間なんてところは行き着く先などない無限に広がる異空間なんだそうな。
私の家の庭が入口だからある程度の座標は絞れるそうなのだが、それでも妖魔がうじゃうじゃいる底なし沼のような闇で人ひとりを探すだなんてさぞかし骨が折れることだろう……
真人は私の腕からぴょんと飛び降りた。
「紬の家に行くぞ。」
「えっ…ここで待たないの、ニャ人?」
「……おまえ、今度その名で呼んだらぶん殴るぞ。」
殴るじゃなくて引っ掻くの間違いじゃないだろうか。もしくは猫パンチ……言いたくてムズムズするけれど、絶対に言えない。
「いくら珀でも数日はかかるだろ。それにこの姿で親父に会うのは避けたい。」
「じゃあそれまで真人は猫なの?」
「そうだよ。くそっ、俺の体……あの世まで飛んでってなきゃいいがな。」
狭間からあの世までは一歩足を踏み間違えたら簡単に落ちてしまうのだという。
真人の体が無事に戻るまでは、決して安心は出来ないのだ。
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