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「―――で、こうして山奥で脱輪していると―――」民子はテコの原理を応用して車を立て直そうとするもそれは無駄な抵抗に終わりそうだ。
そもそも女性の細腕でなんとかなる代物ではない。
「―――だから俺が手伝おうかって言うんだよ。まぁ、正直言ってJAF呼んだ方が早いと思うけど―――」イケメンの彼が助言する。
「ごめん。JAF入ってない」民子はそんなイケメンに目も合さずに作業を続ける。
「じゃあ、俺が―――」
「はい、はい。そう言うけどね? あんたにはないでしょ、身体が」
「ん―――まぁ、そうだね。なんというか―――」自信あり気なイケメンにしては歯切れが悪い返事。しかし、それも仕方がないこと。民子の言う通り、彼には身体がないのだから。
彼のその声はスマホから聞こえるし、姿はスマホの画面でしか確認できない。いうなれば彼は一種のアプリ化した存在なのだ。
「それにそのなんていうの? チャラチャラしたイケメン? その姿はやめて! 私はいつもの団三郎の姿が好きなんだけど、たぬきの」
「おやおや、レディー。いったいなんのこと言っているのやら―――」スマホの中のイケメンは目をつぶり嘆息する。なんとなく気取った仕草が鼻につく。
「そのしゃべり方―――お母さんがたまに見ている平成初期のトレンディードラマのマネをしているわね? 無理せずにたぬきに戻りなさいよ~」
「か、関係ないね!」
「なんだ。あぶない方か……刑事の」
「もう。わかったぞな!」そういうとイケメンからたぬきの姿に変わる。
思い出すこと、半年前。念願の普通自動車運転免許を取得した民子は前期の休みを利用して無謀にも四国一周旅行を計画。車は父親の乗っている高級大型車―――は無理だったので母親の乗っている軽自動車を拝借した。
旅行自体は楽しく終了したものの、民子はやってしまったのである。夜の国道を運転中に轢いてしまったのだ、たぬきを。そのたぬきこそがこの団三郎である。
団三郎はただのたぬきではない。何を隠そう、かの有名な隠神刑部の八百八の眷属が一人。序列八百八の団三郎と言えば四国では有名だ、多分……。あわれ轢かれてしまった団三郎の身体は民子が丁重に道路わきに埋葬したものの、その魂は民子のスマホにアプリとして宿ったのである。その謎アプリを民子が消そうとしてひと悶着があったのは別の話だ。
「民子、あれ。人家の灯りではないぞなか?」暗闇の中、団三郎が灯りを見つける。
「そうね。地図的にもあのあたりが今回の依頼場所かしら。あんなに近いなら助けでももらいにいけばよかったわね」
「見つけたのはボクぞな」「はい、はい」「はい、は一回でいいぞな」「はい、はい」
こうして民子たちは隣の社会学研究室に通っている学生が行方不明になったと言われている〇〇県の山中にある秘境、△△村に到着したのだった。
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