民俗学者桜田民子の現地探訪録~時の糸~

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 人家かと思った場所はドライバーご用達の憩いの場所である道の駅。日は落ちてはいたものの、まだまだ活気がある。  小腹が空いていた民子は地産名物のキノコそばには目もくれず、大好きなアメリカンドッグを頬張る。  ここでの情報収集は欠かせない。事前にググるのは現代人のお約束だが、現地でいろいろ確認するのも楽しい作業。これも民俗学の基本。  この地域で有名なのは”時の糸伝説”。糸には運命の糸などというように一種の呪術的な意味合いもある。ギリシア神話では運命の三女神が死、生命などを司っている。  ギリシアと日本では相当な距離があるしその文化が流入したのは仏教伝来の頃。奈良時代には既にシルクロードの影響を受けていたことは正倉院の宝物を見ればわかるのだ。 「そんな昔の影響がこの地では糸伝説として残っているかもしれないわね。興味深いわ」この辺の話は民子の大好物である。 「それよりも依頼の件を調査しなければいけないぞな」 「そうね。でも―――」民子は道の駅の物販スペースの中央に鎮座しているガイドマップを眺める。これはこの村の観光地を紹介したもの。それほど大きな村とは言えない。 「この村で行方不明っていったら―――山? 森? その類しかないようなかんじよね。村の駐在所には捜索対策室が立ち上がっているし。なんか私たちが興味本位で探すようなかんじじゃないような気がするなぁ」 「そうぞなねぇ―――」団三郎の声はワイヤレスイヤホンで民子の耳にはいっているので他の人には電話しているのか、ネット配信のための動画撮影をしている人のように見えている。このような行為をしても不審者に見られないのは時代の恩恵と言える。  その時だった。 「んん! ぞなぞな!」団三郎が奇妙な声を上げる。無論、他の人には聞こえていない。 「ん? どうしたの?」 「この感じは妖気ぞな! この近くに妖怪がいるぞな!」 「ああ、やっぱりそういうことなのね?」 「そうぞな! まだ人がいる内に聞き込みするぞな! 必ず妖怪が巣くうような怪しい場所があるぞな!」 「はいはい。わかったわよ、まめたぬきさん」 「まめたぬきではないぞな! ぼくは四国最強、隠神刑部の八百八の眷属の一人。序列八百八、ビリビリの団三郎ぞな!」 「ビリビリね。ビリッけつの団三郎―――」ぷぷぷ。 「あ! 笑ったぞなね! ビリビリはそういう意味ではないぞな……。ぼくもよくわからないけど―――。民子は民俗学者なんだからこの意味も語感や響きから解明するぞな! 隠神刑部が付けた名だから意味があるぞな!」 「はい、はい」「はい、は一回でいいぞなよ!」「はい、はい」  こうしてふたりは村の深い森―――鎮守府の森へと向かうのであった。
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