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「それにしてもあれねぇ。お金に目がくらむとろくがことが起きないわよねぇ。でも貨幣経済の発展が人類に文明的かつ文化的な発展を促し、広く繁栄することにも貢献しているものだから皮肉よねぇ」民子はのんきのタピオカを飲みながら鎮守府の森の暗闇を歩く。
道の駅での情報収集でわかった事だが、この村では糸伝説の解釈に工夫をこらし、縁結びの恋愛成就―――糸は”運命の赤い糸”を連想させやすい―――を売りにしているらしいのだ。どの自治体でもやっている”町おこし”の一環。
村に点在する小さな祠を恋愛成就のパワースポットとし、四国のお遍路さんのようにスタンプラリーを実施している。
そんなわけで我が伝統ある〇〇大学の優秀な女子学生は勉学には自信があるものの(彼女らの名誉のためにそういうことにしておく)、厳しい受験戦争の末に恋愛能力という人類無類のサバイバル能力に磨きをかけることができなかったため、その補完を目的としてこの糸伝説に縋ったに違いない、と民子は(迷)推理する。
要するに彼氏が欲しかったのだ。
鎮守府の森―――たいていの村や集落には鎮守の森といった神聖化された森などがあるわけだが、この村では鎮守の森ではなく、鎮守府の森というように”府”がつく。
なぜか? それは初代征夷大将軍であった坂上田村麻呂が蝦夷討伐のための前進基地を開設したから、というのが民子の分析だ。東北の多賀城などのように当時の前進基地であったことがうかがえる地名は数多く存在する。大きな基地ではなかったとしても兵站基地や早馬などの逓伝基地など。なにかしらの施設が開設されていた可能性が高い。
「人間が古くから使用している土地は喜びや幸せも多いけど、後世までその土地に残りやすいのは怨恨などの負の感情ぞな。そういう土地は妖怪などがたまりやすいぞな」
と、まぁそんなわけで一連の行方不明事件は妖怪のせいということにし、もっとも妖気の感じる鎮守府の森へと向かうことにしたのだった。
そもそも糸伝説とは何なのか? 民子によると糸にまつわる伝説は世界には多くあるらしい。有名なものは前出のギリシア神話。この村の糸伝説は”糸を変える”ことによって寿命を延ばすことができるというもの。なんでもその昔、流行り病がこの村を襲った時に一人の僧が現れ、家々にある糸巻き機の糸を変えることによってその病を治したという。それが転じて人の寿命は糸巻きの長さであり、それを変えることによって寿命が延びると言い伝えられている。
この地域は古くから養蚕が盛んな地域だ。そのため民子は貴重な生糸を大事にするあまりにそれを神格化したことによる民間伝承であると分析している。
「人々の生活習慣が神などの”奉るもの”として昇華されているという、非常に分かりやすい事例だよね」と、マイペースだ。
「それより気を付けるぞな。ここはただの森ではないぞな。妖気をかんじるぞなよ」団三郎の言葉からは緊張感がうかがえる。しかし、その語尾のせいで緊張感が薄れるのは気のせいだろうか。
「あんたさ。その語尾なんとかならないの?」民子、痛恨の一撃である。
「ならないぞな! だから、他のキャラクターに変化しているのに―――」
「他のキャラクターになると語尾まで変わるんだ?」
「いい質問ぞな。変化とは姿形だけを似せているわけではないぞな。実は―――」
「ん―――はい、はい」話が長そうなので民子は故意に話の腰を折ろうとする。
「まだ終わってないぞな! さきに訊いてきたのは民子ぞな!」
「ん―――はい、はい。ほらほら、結構奥まで来たよ。何か感じないの?」
「まだ終わってないぞな!」
「はい、はい」「はい、は一回でいいぞなよ!」「はい、はい」いつもの流れが始まった。
そんな民子と団三郎の背後をじっと見つめるものがあることに二人はまだ気づいていない。
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