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幼馴染のデスは、歌手になるのが夢だ。
大きなステージで、たくさんのスポットライトを浴びて、世界を一周するほどの歌声を響かせたいと言っていた。
幼稚園の頃から歌うことが好きで、僕が一度だけ聞いた彼女の歌は、17歳の今でも覚えている。
とても、綺麗だった。
あれからもたくさんの努力を積み重ねてきた彼女は、これまでにいくつもオーディションを受けてきた。
しかし、結果はどれも不合格。
直接、いくつか芸能事務所に売り込みに行ったこともあったが、これも失敗。
しかし、このご時世だ。他にも歌手になる手段はある。
もちろん、SNSでの活動を始めようともしたが、そもそも録音すらできなかった。
なぜか?
それは彼女が、文字通り、“破壊的“な歌声を持っているからだ。
彼女が歌えば、凄まじい衝撃波と強風が共に放たれる。
小声で歌ってもコップは割れるし、ハイテンションのままに駅前で歌ってしまった時は、半径20メートル以内の人々はみんな吹っ飛んで、電柱や街灯は折れたし、70メートル先のビルの窓ガラスを497枚割った。
もちろん地面はひび割れた。
デスは、「ごめん、つい!」とゲラゲラ笑った。
デスは素晴らしい歌声を持っているけれど、聞き手は歌を聞くどころではない。いのちだいじに、である。
そういうわけで、デスは素晴らしい歌声を持ちながらも未だ、歌手という夢に手が届かないでいた。むしろ遠のいているまである。
それでも、デスは諦めずに日々、何も破壊せずに歌うにはどうすればいいか研究している。
デスは、真っ直ぐで、色々試すのも楽しそうだ。
歌っては、壊して、またやっちゃった、と笑う。
恐ろしい女である。
僕はいつも、そんなデスの研究につきそっている。と言っても、そばで見ているだけだけれど。
まあ、歌声の脅威的な威力も、僕には全く効かないので問題ない。
デスが、歌手の夢を諦めない限り、彼女の努力を見届けようと思う。
僕はこの世で唯一彼女の“綺麗な”歌声を聞いた人間だった。
たった一度聞いただけ、だけど、デスの家族すら聞いたことのない、破壊力を持たない歌声を、僕は11年経った今でも覚えている。
それぐらい、綺麗な歌だと思った。もしも、彼女が無事に研究の成果を成功させることができれば、いい歌手になるに違いないと信じている。
そう。僕はデスの歌声を一度しか聞いたことがない。
それは、僕らが6歳の時、小学校の入学式の後にいつもの海辺の公園で遊んでいた時だった。
「どうして、わたしはいつも歌でなんでもこわしちゃうんだろう。こんなに歌うことがすきなのに。」
「きょうの、入学式でも、デスだけうたわせてもらえなかったもんね。」
「いつもそう。我慢してねって、みんな言うの。」
「…ねえ、デス、今歌ってみてよ。きょうの、入学式のやつ。ぼく、デスの歌聞いてみたい。」
「トロイ間違いなくふっとぶよ?いいの?…他にも遊んでる子いるし。」
「ううん…。じゃあ、小さな声で歌ってよ。ぼくにだけ聞かせるつもりで。」
「…やってみる。…小さな声、トロイにだけ、声を届けるつもりで…。」
デスの小さな歌声は、ぼくにだけ届いた。
優しい風が吹いて、桜の花びらをを連れて、僕のそばをふわりと通り過ぎた。その綺麗な歌声は、僕の心を、春の日差しのようにあたためた。
とても、綺麗だった。綺麗な歌声だった。
僕は、感動のままにデスを褒めた。
「これなら、歌手になれる?」
そう尋ねるデスに、絶対になれると僕は言った。
「じゃあ、トロイ約束!わたし、いつかぜったい歌手になる!おっきなステージで、いっぱいライト浴びて、小さい声じゃなくて、世界一周するぐらいの大きな声で歌う!」
「うん!その時は、ステージの真ん前で、デスの歌を聞くからね!約束!」
デスは、今でもその約束を果たすために、もう一度何も破壊せずに歌えるように頑張っている。
僕が、死んでしまってからも。ずっと。
デスは、歌手になる夢を諦めずに、今日も歌って、破壊する。
「だって、トロイが綺麗だって褒めてくれたんだから!」
僕の言葉を信じて、ずっと、前向きに。
透明になってしまってから、デスを見守る代わりに、僕はデスの歌声が聞こえなくなった。
あの公園で聞いた歌声、あれが最初で最後。
だけど、僕も、僕の約束を果たすまで、まだ逝けないんだ。
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