最悪な初恋

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「ん……」  瞼をあげると、見たことのない天井が目に入った。どこだ、とぼんやり考える。 「起きたか」 「……!」  声のしたほうを見ると、羽原がドアから顔を覗かせている。ようやく思い出す。羽原の部屋だ。なぜ自分はベッドで寝ているのだろう。 「おまえ、すごくいいところで寝落ちたんだよ」 「す、すみません……! そういえば――」  羽原の下半身を見る。そこは落ち着いた状態に見える。 「鎮めるのが大変だった」  ため息をつかれてしまい、頬がとても熱くなった。腰にあたった硬い感覚をたしかに記憶している。 「勃ちましたよね?」 「勃ったな」 「あの女性にはやっぱり勃たなかったんですか?」 「誰のことだ?」  眉をひそめる羽原に、ほら、と言葉を続ける。 「店に一緒に来た女性です」 「あの人とはそんな関係じゃない」 「でも熱が出たって連絡したんでしょう?」 「彼女は上司の娘さんで、上司からそのことを聞いたんだ。お礼をしてくれと言うから仕方なく一度だけふたりで飲んだがそれだけだ」  答えを知れば、なんだ、というもので。勘違いばかりで恥ずかしくなってしまう。ベッドに近づいた羽原が優真の髪を撫でた。 「じゃあ、どうして一か月も店に来てくれなかったんですか?」 「それは……」  羽原が唇を引き結ぶ。困惑したような表情に、聞いてはいけなかっただろうかと不安になる。 「優真を正面から見られなくなったからだ」 「はい?」 「意識しすぎて、どうにもならなくなったんだよ……」  頬をわずかに赤く染めて目を逸らす羽原が可愛い。思わず口もとが緩んでしまった。 「それより、あの状況で寝落ちるとかないだろ」 「あ、……すみません」  本当にその言葉しか出てこない。よく叩き起こさなかったものだ。 「まあいい。優真の寝顔は夢で見る以上に可愛かった」 「夢?」 「言っただろ。優真を抱く夢を見ると勃つ、と。疲れて眠る優真を抱きしめるところで目が覚めるんだ」  そんなにしっかりいろいろされているのか、と夢の中のことでも恥ずかしい。それに、みっともない顔をして寝ていたのではないかと思うと逃げ出したくなってしまう。顔面の整っている羽原と違い、優真の顔のつくりはごく平凡なのだ。 「優真を好きじゃないと思っていたけど、もしかしたら卒業式のあの日からずっと優真に惹かれていたのかもしれない」 「それはないでしょう?」 「そうじゃなければ優真でしか勃たない理由がわからない」  たしかにそうだけれど、ずっと惹かれていたなんて、そんな――頬が火照って思わず手で押さえる。 「……そうならそうと早く言ってくれればよかったのに」 「そうしたらもっと早く抱かせてくれたか?」 「それは……」  優真が羽原を好きだと思っている状態でなければ、やはり無理だっただろう。気持ちのないセックスをしたいとは思えない。  優真の答えを待たずに重いため息が吐き出された。 「我慢するってきついんだな」  苦笑いする彼は、それでもどこかすっきりしたように影が消えている。 「寝てる優真を襲いそうになるのを必死でこらえたよ。それなのに穏やかな寝顔で眠りやがって」  頬を軽くつねられて甘い心拍がとくんと響く。襲われなくてよかった、という思いと、好きな人にならなにをされても、なんて気持ちが交互に浮かんで小さく頭を振った。なにを考えているのか。 「朝食にするか」 「はい」  一緒に食事をとって、羽原が出勤の時間なのでふたりで部屋を出る準備をした。 「本当にご迷惑をおかけしました」  優真が情けなく眉をさげると、羽原は意地悪に微笑んだ。それがあまりに恰好いい。 「次来たときは、あんなふうには寝かせないからな」  頬に熱が集まる優真にもう一度キスをした人は、幸せそうに微笑んだ。その表情にぽうっとなってしまうのは仕方がない。  最悪だった初恋がこんな実り方をするなんて思わなかった。
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