最悪な初恋

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 翌日、羽原がひとりで来店して優真は固まった。他の従業員がオーダーをとりにいってくれてほっとしたのもつかの間、その従業員が戻ってきて「澤口さんご指名だって」と優真を絶望に陥れた。昨日のことを怒っているのだろうか、と考えて、怒っているよな、とびくびくしながら羽原の席に向かった。 「オーダーしたい」 「は、はい」  思いのほか穏やかな口調に拍子抜けする。絶対に怒られると思っていた。 「澤口に接客して欲しいときは入口で指名すればいいのか?」 「うちはそういう店じゃありません」  そういう店に行き慣れているのだろうか、と少し傷ついてしまう自分を「馬鹿」と詰った。 「昨日はすみませんでした」 「なにがだ?」 「押しのけてしまって」  驚いたような顔をされ、その表情の意味がわからなくて小さく首を傾げると、羽原は小さく頭を振った。 「あれは明らかに俺が悪かった」 「そんな……」  逆に謝られ、恐縮してしまう。羽原は言葉を選ぶように口ごもりながら、もう一度謝罪を紡いだ。 「あの、昨日なにか言いかけたことはなんだったんでしょうか」 「言いかけたこと?」 「『だって俺は』って……」  羽原は表情を曇らせて口を噤む。気になるけれどいつまでも話し込んでいるわけにはいかない。 「すみません、仕事中なので。こちらこそ、昨日は申し訳ございませんでした」 「いや」 「失礼します」  とりあえず謝るだけは謝った。これですっきりする。席を離れて待機位置につくが、ずっと羽原の視線を感じていた。  もしかしたら羽原は優真が思っているほど嫌な人ではないのかもしれない。謝るためにわざわざ店に来てくれたのかとか思うと、過去の傷の痛みさえ和らいだ。  閉店後、帰宅するために店を出ると羽原がいた。なぜ、と驚く優真の前に立ち、真剣な表情をする。もう午前一時だ。まさか店を出てからずっと待っていたのだろうか、と少し怖くなった。 「悪かった」  突然頭をさげられ、なにかと身構えてしまう。 「卒業式の日、まっすぐ気持ちを伝えてくれた澤口にあんなことを言って、本当に悪かった」 「そんなこと……もういいんです」  本心ではないが一応そう答える。本当のところ優真は引きずり続けているが、互いにそろそろ忘れたほうがいい。羽原がそこまで反省してくれたことに、逆に申し訳なくなってしまう。 「本当に、もういいですから」  心が軽くなった。優真が考え込みすぎていただけで、初恋はそれほど悪くなかったのかもしれない。  羽原にじっと見られて首を傾げる。 「澤口とセックスしてみたい」  ぽかんとする優真の手をとろうとするので、思い切り平手打ちして逃げ出した。優真の初恋はやはり最悪だった。
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