最悪な初恋

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「あっ……先輩、だめ……」 「澤口」  熱い囁きに身体が蕩けてしまう。熱く貫かれると脳が痺れて自分が自分ではなくなっていく。 「ほら、奥入るよ」 「ぁ、あ……っ」  最奥を探られ、優真は仰け反った――。 「っ……」  はっと瞼をあげると自宅のベッドだった。隣には誰もいなくて、まずはほっと息をつく。 「……最悪」  項垂れるが下半身はそそり立っていて、深いため息が零れる。身体のこの反応は正しくて間違っている。非常に悔しい。 「もう二度と会いたくない」  ベッドから出て熱いシャワーを浴びたら熱はおさまったがどうにも気分が悪い。鏡を見ると、樹海に迷い込んだような顔をした優真が映る。最悪だ――もう一度項垂れる。 「よし」  気合いを入れる。こういうときは張り切って仕事をするのがいい。今日も宴会予約が入っているから、きっと忙しくてなにかを考える余裕なんてなくなる。それでいい。 「澤口」  なぜか羽原がまた来て、優真は固まった。その頬には若干赤みが残っている。だが悪いのは羽原だ。 「すみません。お願いします」  なぜか羽原がオーダーをしようとするときに限って優真しか手が空いていない。なにか仕かけられるのでは、とびくびくしながら席に近づく。つまみ数品とビールを頼んだ羽原は特段なにもしてこない。ビールを二杯飲んだところで帰っていった姿に、優真が想像したよりずっとあっさりしていて拍子抜けするが、よかった、とほっとした。  帰りにまた待ち伏せされていたらどうしようかと思ったが、それはなかった。  なにもなかったことにほっとしながら、もう来ないでくれ、と思っていたら翌日も羽原が来店した。今度こそなにかあるのか、と身構えるが、羽原は前日と同じようにつまみ数品とビールを二杯で帰っていった。単に店を気に入ってもらったのだろうか。  今日もまた羽原が来ているが、なにかをされることはないとわかったので、安心して仕事に集中できる。 「おい! 料理が来ないぞ!」  少ししてひどく酔った客に絡まれた。キッチンに確認すると言ってもくどくどと言葉を続けて解放してもらえない。困り果てて店長にヘルプの視線を向けるが、それは遮られた。 「さっききみが運んでくれた料理が注文したものと違うみたいなんだけど」 「も、申し訳ございません。失礼します」  手を引かれて優真は羽原の席に連れていかれた。絡んでいた客は矛先をなくして不機嫌そうに焼酎を呷っている。 「大変失礼いたしました。どの注文が――」 「間違ってない」 「はい?」 「澤口が運んでくれた料理は俺が注文したものだ」  どういうことだろう、と首を傾げると、羽原が気遣うような瞳で見つめてくる。 「困ってたんだろ。ああいう人間はおとなしい相手にはいつまでも噛みつく」  助けてくれたのか、と力が抜ける。 「あの日のことは悪かった」 「はあ」  もしかしたらそれほど悪い人ではないのかもしれない。むしろいい人に分類されるかも、と考えを改める。 「それで、させてくれる気はあるか」 「……」  一瞬いい人かと思ったことを後悔し、改めた考えをさらに改める。悪人ではないけれど近づかないほうがいい人だ。 「そんな気はありません」  席を離れ、待機位置に戻る前に礼を言っていなかったことを思い出し、戻って礼を伝えてからまた早足で待機位置に戻った。下心があって助けてくれたのか、と思うと見た目以外どうしようもない人では、という考えになる。  そこでふと疑問が湧いた。なぜ優真なのか。羽原ならば選び放題だろうに、地味な優真を選んであんなことを言う理由がわからない。 「優真くん、営業中からずっとなにか悩んでない?」 「あ……」  辰井から声をかけられ、はっとする。心配をかけてしまった。顔に出ていただろうか、と笑ってみせると、辰井の表情がさらに心配そうなものになってしまう。 「大丈夫」 「本当に?」 「うん……」  一緒に店を出ると、なぜかまた羽原がいた。辰井と優真を交互に見て困惑した様子で眉を寄せている。 「澤口、その男は誰だ?」 「優真くん、この方お客さまだよね? 知り合いなの?」 「えっと……高校のときの先輩で」  なんだかふたりが睨み合っているように見えて怖い。なにをどう答えていいものか、と思いながら真実だけを話す。  羽原が近寄ってくると辰井が優真を庇うように前に立つ。そんな辰井を無視して羽原は優真の腕を掴んだ。怖い。 「澤口、頼むからいい返事を聞かせてくれ」 「っ……」  思わず身体が竦む。辰井も優真を見る。 「いい返事ってなに? なにかあるの?」 「それは……」 「澤口、頼む」  羽原の懇願するような瞳と、辰井の訝る瞳が同時に向けられる。羽原に頷くことはできないし、辰井に羽原から「セックスしたい」と言われていることを話すこともできない。辰井ではなくても誰にも言えない。 「優真くん、教えて? なにか強要されてるの?」  辰井が睨みつけると羽原も気まずそうに俯く。腕を掴む力が弱まったのでその隙に身体を離した。 「澤口……」 「……すみません」  辰井とその場を早足で離れる。ちら、と背後を見ると、俯いたままだった羽原がはっとしたように顔をあげた。 「明日こそ『うん』と言わせる」  そんな宣言をされても言うわけがない。
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