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一週間後に羽原が店に来た。あの女性を伴って。優真はショックを受けてしまい、そんな自分を不思議に思うのに胸が軋む。仲良くふたりの時間を楽しむ姿に、言葉に表せない複雑な感情が渦巻く。ふたりを見て「お似合いだな」と思ってしまい、虚しさが駆け抜けた。羽原と女性を見ないようにして仕事をするが集中できない。
「あ……」
空いた席からバッシングしたグラスをデシャップ前で落としてしまった。
羽原が見ていると考えると苦しい。彼の好みは華やかな美女。一緒にいる女性は明らかに羽原の好みで、しかも仕事もできそうだ。失敗をしている自分が情けない。どうかこんな自分を見ないでくれ、と願いながらグラスの破片を片づけようとしたら手を掴まれた。
「素手で触らないほうがいい」
羽原が優真の手首を掴んで留めている。体温が急にあがった気がした。
「大丈夫です」
片づけようとしても掴まれた手首は解放されない。
「失礼いたしました。澤口さん、ここは私が」
「……はい」
そんな様子を見た辰井がさっと片づけてくれた。優真にも促す視線を向けるので、羽原に謝罪し礼を言うと、ようやく手首が離された。
「怪我をしなくてよかった」
ひと言残して席に戻っていく。掴まれた手首が脈打っているように熱い。羽原をもう一度見ると、すでに女性との時間の中に入っていて深く傷ついた。まさか、と考えて胸もとを押さえ、そんなはずはない――自分に言い聞かせる。また傷つくだけだ。まだ引き返せる。
羽原と女性が帰っていく姿を見送る。女性が羽原に寄り添い、優真は思わず顔を背ける。
このまま帰るのだろうか、もしかしたら羽原の部屋に行くのかもしれない。優真が彼の背中を拭いて、手を握ったあのベッドでふたりは――そう考えてやり切れない気持ちになった。羽原が勃たないということが唯一の救いだった。
「最悪だ」
呟きは闇に吸い込まれていった。
店を出ると羽原がいた。女性はいない。
「あの人は?」
「駅まで送った」
なんでもないように答える羽原に胸がざわつく。
「あのときは助かった」
「それはもう聞きました」
突っぱねるような言い方になってしまったが、言い直す気力もない。羽原が眉を曇らせる。
「どうした?」
「……」
「あの日、つらいときに優真がいてくれて本当に嬉しかったんだ」
それをあの女性にも言ったのではないか。無性に腹が立って羽原を睨みつけた。
「恋人がいるなら、俺で試すなんて考えないでください」
「は?」
「なんで彼女を大事にしないんですか」
投げやりに言うと、羽原はひどく傷ついた顔をした。その表情の意味がわからない。傷ついたのは優真のほうだ。
「本気で言ってるのか?」
「……」
なにも答えられず俯く。視界に羽原の革靴のつま先が入った。肩を掴まれ、顔を覗き込まれるので目を逸らす。
「……それは嫉妬か?」
「違います」
まずい、と感じる。口から飛び出そうとしている言葉にストップをかけるが遅かった。
「俺にとって羽原さんはそんな存在じゃありません。あなたは俺の最悪な思い出でしかない」
言ってしまった自身が悔しい。羽原の顔を見られず俯く。
「……そうか」
せつない声音に顔をあげると、泣き出しそうに微笑んだ羽原が「ごめん」と優真に背を向けた。「違う」――そう言わなければいけないのに言えない。遠くなっていく背中になんの声もかけられない。
「……最悪なのは俺だ……」
両手で顔を覆い、その場にしゃがみ込んだ。
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