飼い犬Subの壊し方

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「愛佐、君は覚えが早いね」 「あ、ありがとう……ございます」 「その調子なら時期生徒会長も任せられるかな」 「そんな、俺はまだ全然……っ」 「何言ってるんですか、会長。まだ現役でやっていけますよ、アンタ。てか、仕事してもらわなきゃ困るんですけど」 「はは、そうだね」 「……」  人の会話に割って入ってきた男に目を向ける。  生徒会会計・月夜野小晴(つきよのこはる)。やたらと馴れ馴れしくて、菖蒲さんに対しても生意気な口を利くこの男は俺よりも一つ先輩だった。  生徒会の人間のくせに堂々と染めた髪が派手な男だった。やつは俺の視線に気づくとにこりと笑った。 「愛佐君、ソレ終わったら俺のも手伝ってよ」 「……俺は会長補佐なので」 「えー、厳しいな」 「愛佐、小晴の仕事も手伝ってやって。君も人の扱い方は覚えておいた方がいい、今度の為にもね」 「……会長がそう言うなら」 「それこのタイミングで言うことです?」と顔を引き攣らせる月夜野。この男はあまり好きではないが、菖蒲さんの命令なら聞くしかない。 「《いい子だね》」 「……っ! ぁ、ありがとうございます」 「……ふふ」 「…………」  菖蒲さんはdomだけど、それ以外の部分でも俺は菖蒲さんに惹かれ始めていた。  優しくて、頼りになって、そして俺のことを気遣ってくれる。  あれ以来無闇に菖蒲さんはコマンドを口にすることはなかった。扱いづらいであろう俺を生徒会に置いてくれた菖蒲さん、そして俺がSubだということも秘密にしてくれた菖蒲さん。そんな彼の優しさに満たされ、褒められ、認められる度に自分の中で欲求は肥大していく。それは自分でも制御できないくらい、大きく、重たく俺に伸し掛かった。  菖蒲さんと俺が『そういう関係』になるのは時間は掛からなかった。  きっかけは俺の欲求不満だった。薬ではどうにもならない程膨れ上がったそれを自制する方法など分からず、放課後、生徒会室で発作を起こした俺を菖蒲さんがケアしてくれた。 「……すみません、ご迷惑をお掛けして」 「ああ、気にしないで。僕ももう少し君を気に掛けるべきだった。……もしかしてだけど、僕以外のdomの知り合いはいないの?」  寝かされたソファーの上、無言で首を横に振れば「そうか」と菖蒲さんは何かを考えたようだった。 「じゃあ、僕で良ければ君のパートナーになってもいいよ」 「……っ、え……? そ、れは」 「その代わり、条件がある。セーフワードは僕に決めさせてほしい」  セーフワード。それを口にすればdom――菖蒲さんの行動を制御することが可能になる。  世の中のdomとSubは関係を結ぶ前に必ず決めるという知識だけはあった。  最初から委ねるつもりだったが、なんとなくそう言ったときの菖蒲さんの目が気になったのだ。 「はい、それは……もちろん」 「ありがとう、愛佐。そうだね、セーフワードは――」  そして、菖蒲さんはそれを口にする。 「『好き』――これが僕たちのセーフワードだ」  いいね?と笑う菖蒲さんに、目の前が暗くなっていく。真綿で首を締められるような息苦しさの中、俺はただ頷くことしかできなかった。
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