飼い犬Subの壊し方

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 この学園ではdomもSubもいる。けれど、公にされることはない。学校によってはdomとSubを教室で分けることもあるらしいが、この学園の設備は行き届いている。  定期的にメディカルチェックも行われ、そして特定の生徒には制御剤も付与される。自ら公言してる生徒もいるが、別にタブー視されることもない。  かくいう俺もそういう点が気に入ってこの学園に入学した。  Subというだけで好奇の目に晒される。Normalの連中は俺がSのSubだと知ると悪戯のようにコマンドを口にするのだ。その都度与えられるストレスのあまり体を壊したのが中学時、それから引っ越しを繰り返し、そしてようやく入学したこの学園でようやく平穏を手に入れることができた。  ――そう、思っていた。あの人に出会うまでは。 「愛佐一凛(あいざいちりん)……変わった名前だね」  会長椅子に深く腰を掛けたまま、その人は俺の名簿に目を落とす。長い睫毛が目元に影を落とし、そして、ゆっくりとこちらを見上げた。その透き通った瞳に見つめられた瞬間、体が稲妻に撃たれたように動けなくなる。  そんな俺を見て、その人は薄く微笑んだ。 「君、Subでしょ」  呼吸が止まる。蛇のように絡みつく視線から逃れることもできないまま、ただ見つめ返すことしかできなくなる。 「《答えなさい》」 「は、……はい……」  悪戯に発されたコマンドとは違う、脳に直接命じられてるような言葉の重みに口は勝手に動く。  その人――生徒会長・桐蔭菖蒲(とういんあやめ)は「いい子」と微笑んだ。その一言に今度は胸の奥で喜びが広がる。自分のものではない、自分だけではコントロールできない肉体と精神にただひたすら困惑する俺に、菖蒲さんは「ああ、もしかして」と笑った。 「本物のdomに出会ったのは初めてだった? ……だったらごめんね。一応制御してるつもりだったんだけど、僕も君みたいに感じ易いSubは初めて会ったからさ」 「い、え……その……」 「それで、生徒会に入りたいんだっけ? 構わないよ。丁度僕の手伝いが欲しかったんだ、『会長補佐』のポストでよかったらどうかな」  俺はこの学園で真っ当に、一人の生徒として扱われるために入学したのに。  目の前のdomを前に、呼吸することもできなくなる。「返事は?」と細められる菖蒲さんの目。伸びてきた手に指を握られ、背筋にぞわりと電流が流れた。 「は、い……よろしくお願いします……」  ドクン、と心臓が跳ねる。それから間を置いてドクドクと押し流される血液。全身の血管が広がり、じんわりと広がる熱は幸福にも似ていた。  体がこの人似命じられることを喜んでる。毛先の一本一本まで。  その幸福を知ってしまった以上、Subという性から逃れることは出来なかった。  Subの中でも俺は重度のSubだった。  欲求の頻度の多さ、そしてそれによる体調の不調。コマンドに関しては相手が誰であれワードを聞くだけで体が反応しそうになっていた。それでも、この学園で配られる制御剤のお陰で日中は他のNormalと過ごすことが出来た。  ――放課後になるまでは。
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