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「愛佐、大分君も慣れてきたんじゃない?」
ある日の放課後。プレイが終わり、俺のアフターケアをしながら菖蒲さんは覗き込んでくる。見つめられだけで跳ねる心臓。これが慣れてるとは言い難い。どくどくと脈打つ心臓を抑えながら、「すみません、まだ」と首を横に振る。
「まあ、君の場合は特殊だからね。君はSubだと公表はしないんだって?」
「はい。……Normalに悪戯されることがあって、それから……」
「そういえば、Normalのコマンドにも反応するって言ってたっけ? 確かに嫌がらせする馬鹿もいるかもしれないけど、制御剤もまた効くようになったんだろ?」
「……はい」
他のdomを探すつもりはないのか、と、暗に言われてるような気もしていた。
菖蒲さんに迷惑をかけてることも分かってたし、負担になってることも考えてた。それに、噂の通り他にもSubを飼ってるのだとしたら、俺みたいにランクの高いSubは扱いづらいのだろう。
「……ごめんなさい」
「ん? どうして君が謝るのかな」
「あの、俺、……暫く薬で頑張ってみます。菖蒲さんが《プレイ》したくなったとき、呼んで下さい」
負担になりたくなかった。
必死に強張る顔面の筋肉を動かして笑みを浮かべれば、菖蒲さんの表情から笑みが消えた。それから、見たことのない顔に背筋が冷たくなる。
……菖蒲さんが怒ってる?
「君は、僕のことを何か勘違いしてるみたいだね」
「あの……」
「僕は別にプレイのためだけに君を呼んでるつもりはなかったんだけどな」
「ぁ、菖蒲さん……」
「……ごめん、今日はもう遅いし寮へ戻ろうか。……部屋まで送るよ」
何故菖蒲さんがそんな反応するのか分からなかった。
それでも、確かにその日からだった。俺と菖蒲さんの関係がもっとドライなものになったのは。
お互いの欲求だけを満たすだけのプレイメイト。飼い主と飼い犬。先輩と後輩。
そんな関係が一年経っても、俺達のセーフワード――『好き』が使われることはなかった。
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