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自由軒
もうすごく昔。大学一年の頃のことだったと思う。
サークルの先輩に連れて行ってもらったお店の、ドライカレーのことが忘れられない。
お店は、大学の裏口を出てすぐのところにあったけれど、それまで気にかけたこともなかった。カレーならキャンパスに三か所ある学食に各々別の味のものがあった。150円位だったと記憶している。金のない学生だった自分は昼飯を学内のカレーで済ますことが多く、学外に出てまで同じカレーを食べる気などまるでなかったのでした。
でも、この大学に入って、あのドライカレーを食べたことがないのか、と驚いた先輩は早速自分をそのお店に連れてきてくれた。
カウンターばかりの店内。
店に入るとまず出されたのはゆで卵。これを食べながら料理を待てと言うことらしい。ひとまず驚く。
ゆで卵を食べてしばらくすると出てくるドライカレーの大皿。普通に考えて三人前。分量に驚く。
そして、このドライカレーの上にはカレールーがかかっているのでした。また驚く。
さらには、その盛りの頂点のへこみには生卵。四つ目の驚き。
さらにさらに、よくよくご飯の中を観察すると、ふんだんに混ぜられているまたまた卵。五つ目の驚き。
一体一皿にいくつ卵を使ってるんだ。
味はというと言わずもがな、こんなのうまいに決まっている。
これを食べさせてくれた先輩には感謝しかありません。
でも、ここへこんな風に寄ったのはただの一回。
なぜならこのお店、それからしばらくたって閉店してしまったのでした。ホントのホントの幻となった。店名も覚えていない。
そんなだから十数年前、一人大阪を訪れた際、偶然見つけた自由軒というカレー屋さんのショーケースの中の食品サンプルを見て目が点になった。
あの時のあれかもしれない。
でも、丁度その時間は昼飯時。
相席でごった返す店内を窓ガラス越しに眺め、これはちょっと入っていけないと思った。それで諦めた。そして、今度はそれが悔恨として残ったのでした。
そして。
蕪人と自分が観覧車を下りると、一時間に一本の渡し船にはまだ時間がある。
少し散策。場所は「なにわ食いしんぼ横丁」というちょっとしたテーマパーク。赤電話やミゼットのある昭和30年代風の街並みに、食べ物屋さんが並んでいる。
そこに見つけたのでした。
自由軒。その支店らしい。
しかも、お客が一人もいない。
食べるしかない。
結局、渡し船は一本やり過ごし、夢にまで見た自由軒のカレーを食す。
別に夢に見たわけではない蕪人はチキンカツカレー。
おいしかった。
それは間違いなかったです。
でも、大学の裏で食べたあのドライカレーではなかった。
自由軒のカレーは、カレールーとご飯が初めから混ざっているという発想。そこに生卵。これは先輩におごってもらったドライカレーとは別物でした。
おいしかったのは間違いなかったけど。
夢が一つ叶ったと同時に夢が一つ潰えて。
あの日のドライカレーは再び、幻の中へと去って行ったのでした。
*
追記
記事を書いた後、ちょっと検索してみましたら、出てきました。
お店の名前は「カレー藤」。
さすがにはるか昔に閉店したのでブログの記事もみんな古い。そして、ただでさえ古い記事のすべてが昔日述懐。当然画像はない。そういう時代じゃない。でも、どのブログもお店に対する愛情にあふれていて、うれしかった。
自分が食べたのは「スペシャルドライカレー」というものだったらしいです。多分その大盛。先輩、奮発してくれたんだ。今になって知った。
俺、十分に先輩にお礼言えたかな、あの時。
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