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ミーグリ
「な、おっさん」
そう自分に呼びかけたのは遼太郎。
自分は今日、彼をケースに入れ、首から下げて連れて来た。遼太郎も櫻坂46のファン。今日を楽しみにしていたのでした。
これが遼太郎。
遼太郎という名前は本人に頼まれて自分が付けた。シヴァ遼太郎がフルネーム。シヴァは宇宙を破壊する力を持つ神様。
彼は神様なのだった。
1月にカンボジアのシェムリアップに長男の苺郎と旅行に行った際、ベッドの脚と壁に挟まっていた彼を助けてから、一緒に来日、その後はずっと我が家にいるのでした。
このあたりのいきさつはお時間がございましたら
「シェムリアップ紀行です。」
https://estar.jp/novels/26195397
をご参照のほど。
現在は小学生ほどの男児となって家で遊んでいることもあれば、こうしてブロンズとして外に出かけることもある。
「な。おっさん、さっきからみんな、ミーグリとかリアミーとか言ってんだけど、何のことだ?」
胸にかけたブロンズと話しているなんて所を人に見られていいはずがない。遼太郎はここに来るまでの電車でもずっと黙っていた。ちゃんとそこんとこはわきまえてくれるけれど、自分のことを「おっさん」と呼ぶのはやめてくれない。まあ、50代の男性ならおっさん以外の何者でもない。「じいさん」と呼ばれないだけましか。
「ミーグリかあ」
「説明してくれよ」
養ってるのはこっちだけれど、相手はさすがに神様なので態度はでかい。
「ミーグリっていうのは、ミート&グリードの略。一対一で会って挨拶をする。ちょっとの時間だけどお話ができる」
「ほう。櫻坂のメンバーと?」
「そうそう。大抵はネットを通してだけど。リアミーって言うのは、その実際に会えるバージョン。リアルミーグリの略。こういうアイドルグループは以前は握手会なんてのもあったらしい」
「握手会?穏やかじゃねえな。今の櫻坂はやってないのな」
「やってないけど、なんで?」
「だってな。右手同士で握手するわけだよな、それ」
「そうだね。握手だから」
「握手会に行った奴は、その右手で他の物をしばらく触りたくないよな」
「うん。推しが握ってくれた手だからね」
「で。家に帰ってその右手で一番初めに触るところはどこだ」
「あ。ああ。それは多分」
よく考えれば風俗営業すれすれだな。
「まあ。今はお話をするだけなんだな。どうやったらできるの?」
「CDを買う。CD一枚1200円分が、ミーグリ10秒分。CDがチケット」
「そっか。10秒」
「そう。1200円で10秒。高いか安いかはよくわからない」
「やってみようかな」
「まじ?」
「うん」
突然突拍子もないことを言い出す遼太郎なのだった。
「それはそうとさ。遼太郎、何度も聞くようだけど、どうする?再来週の大阪旅行、一緒にくる?」
自分は10日後、次男の蕪人と大阪旅行に出かける予定だった。
「ああ。それね」
「いやならいいけど」
「せっかくの親子水入らずだしな」
そんなことに気を遣う奴だったか?
「別にこっちは構わないよ」
「ああ。ちょっとな、俺、やりたいことがあって」
遼太郎の目線が空を少し向いたような、気がした。
「ころり寝転べば青空」
遼太郎は呟いた。これは山頭火の句だ。
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