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ハヌマーン
遼太郎は多分パソコンデスクの上に今も立っているはず。
大阪一緒に行きたいって言ってたのにやってしまった。
自分は早速、妻にLINEをしたのでした。
<遼太郎、連れてくるの忘れちゃったよ。怒ってるかな?>
<ははは。やると思ってた>
<そんなら教えてくれたらよかったのに>
<私だって駅まで送りに行って戻ったとき気付いたもん>
<遼太郎、どうしてる?>
<いないよ。もう>
<なぜ?>
<自分で行くってさ。さっきハヌマーンが迎えに来てね>
ハヌマーンと言うのは猿の神様だ。
遼太郎を追いかけてシェムリアップから我が家へやって来た。
<地獄谷から来たんだ>
<そ。呼んだらすぐだったよ。雲に乗るとあっという間>
ハヌマーンは我が家へやって来た当初、庭の物置を拠点に日本中の猿たちと連絡を取り合い、東京猿化計画をもくろんでいたのだった。彼にとって東京と言う町は清潔すぎるらしい。ところが、長く東京に住み、毎日のニュースに触れるうち、日本に住む人間たちの社会のある一面が相当に野蛮で、とても清潔とは言いかねる状態であることに思い当たったらしい。彼は目的を失い茫然自失となった。日本の政治や経済のニュースを見るたびため息をついていたハヌマーンは、しばらく沈黙の毎日を送っていたが、ある日、突然庭の物置から姿を消した。彼は地獄谷に自らの居場所を決め、今やそこで温泉に浸かりながら他の猿たちと悠々自適の生活を送っているのだった。
<大阪行きたいけど、二人の旅の邪魔しちゃ悪いって思ってたんだって>
<別にそれはいいって言ったのに>
<でもね。ハヌマーンを呼んだらもう彼、相当乗り気でね。地獄谷でちょっと暇してたみたい。二人で楽しそうに出かけてったよ>
<へえ>
その時、窓の外の富士山を眺めていた蕪人が振り向いた。
「ねえ。父ちゃん!」
「何?」
「今、びゅんって、雲が目の前!」
「雲?」
「雲。ハヌマーンが乗ってた。あっという間に行っちゃった」
「わあ」
新幹線を追い越したか。
「乗ってたのはハヌマーンだけ?遼太郎は?」
「遼太郎はいないけど、ほら、「孤独のグルメ」のおじさんが」
「へ?」
「「腹が減って来た」のおじさん」
「井之頭五郎?」
「そう」
松重豊だ。
「二人笑いながら手を振ってたよ」
「そっかあ」
遼太郎は大好きなテレビ番組の主人公に変身したらしい。
ともあれ、よかった。
二人の旅に幸あれ。
どっかで会えるかな。
あ。ハヌマーンってのは。
こういう奴。奴ではない、神様だ。
いまだに写真に収められないのでこれで。
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