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「……そか。それで、昨日様子がおかしかったのか」
そ。っと、翡翠の髪を撫でて、一青は言った。
「言ってくれればよかったのに」
言葉ではそう言いつつも、一青の声に翡翠を責める響きはなかった。本当にただ、心配してくれているのだと分かる。
「ごめんね」
髪を撫でた手に、すり。と、頬擦りすると一青は小さくため息をついてから、笑ってくれた。
「これを作って売ることはグレーゾーンだけど、あなたが魔道の力を使って、人のプライバシーを覗き見るのは、犯罪行為だ。法で裁かれることになる」
一青の手を握って、翡翠は宮坂を振り返った。彼女はまだ、翡翠を睨みつけていた。憎い。と、その視線が突き刺さる。
その気持ちが、分からないわけではない。かつての自分のままだったら、同じようなことをしたかもしれないと、翡翠は思う。一青が翡翠を見つけて愛してくれたから、翡翠は変われた。
「あなたのせいよ」
熱に浮かされたように、震える声で彼女が言う。
「あなたが現れなければ……そばで見ているだけで十分だったのに。あなたが……っ」
突然、彼女は近くに転がっていたペーパーカッターを掴んで振り上げた。
それを、翡翠はじっと見ていた。避けることもしなかった。そんなもので、しかも魔光は持っていると言ってもスレイヤーではない女性の攻撃で、いくら非力とはいえスレイヤー資格を持つ翡翠が傷つけられるはずはない。だから、気が済むようにさせてやればいいと、翡翠は思ったからだ。
「やめろ」
しかし、その手を一青がとめた。一青の手がその女性の手を掴む。
「鏑木さん」
彼女の手から、ナイフが落ちる。それは、床に転がってからん。と、音を立てた。
「俺のこと見てたなら。感情まで共有してたっていうなら、知ってるでしょう。この人がいないと、俺はダメなんです。これ以上やるなら……」
その後の言葉を一青は飲み込んだ。その言葉に彼女は俯いた。皮肉にも、彼女自身が覗き見てしまったから、彼女は告白もせぬままに一青の思いが全て翡翠に向かっていることを知ってしまった。
「……わたし……」
「申し訳ないですけど。あなたの気持ちに答えることは、できないです。それも、知ってるでしょう」
冷酷。とも、とれる言葉だった。
もちろん、彼女は知っているはずだ。だからこそ、翡翠を憎んだ。
けれど、一青に直接言われるのと、盗み見るのでは話は違う。
傷つかないわけがない。
理解はできるけれど、同情はしなかった。罵倒する気もないけれど、許すつもりもなかった。勝ち誇る気はないけれど、彼女に一青を譲る気などなかった。
肩を落とす彼女を促して、DDが先に部屋を出て行った。彼女はずっと、翡翠に対する恨み言を呟きながら、部屋を出て行った。
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