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「ストーカー?」
鏑木家二階のリビングダイニングのソファに座って、お茶を淹れながら翡翠は問い返した。
「ああ。最近かなり問題になってるだろ?」
翡翠の隣に座った一青が答える。
「確かに、今朝の新聞にも載っていたな」
翡翠が淹れたお茶に口をつけてから、答えたのは虎鉄だ。一青の向かい側の席に座っている。
「魔道具を使ったストーキング行為……か」
今朝の朝刊には翡翠も目を通した。他人のプライバシーの覗き見たり、つけ回している姿を認識されにくくするような魔法の道具がネットのフリマアプリで売買されて、それがストーカー行為に使われているという話題だった。
元々、魔道具や魔符や魔法薬の類の販売には許可がいる。しかし、一般人と言えど、購入には許可が必要ない。何故なら、基本的には魔道具や魔符は魔光を持たないものには扱えないからだ。扱えないものが流通したからと言って、大した問題ではないし、そもそも、買おうとするものはいない。
しかし、近年、魔光を持たないものでも扱える、『充電済み』の魔道具や魔符が開発され、それを悪用した犯罪が多発するようになって問題視されていた。現在はまだ、法改正が追い付かず、ネットでの販売や、一般人の使用に歯止めがきかない状態だった。
「翡翠は魔符に詳しいだろ? 専門家として、意見を聞かせてほしい。許可はとってきたから」
そういって、一青はテーブルの上にジップ付きのポリ袋に入った小さな紙片を取り出した。
「なに? これ?」
翡翠の向かい側に座っていた隼人が覗き込む。
「相談者は、ある女性に付きまとわれている。と、言っている。彼のSNSに異常な長さのメッセージが毎日届いたり、隠し撮りされた画像が送りつけられたりしているらしい。ただ。付きまとわれたりということはない。いや。なかった? と、彼は思っていた。だけど……」
とん。と、その淡くピンク色をした紙片を指先で叩いて、一青は続けた。
「家に帰って、服を着替えると、必ずこの紙片が背中についているんだそうだ」
一青の言葉に、翡翠はその紙片に視線を落とした。隼人や虎徹もまじまじとそれを見ている。
「見ても?」
急須を脇に置き、手に取る前に尋ねると、一青は頷く。
答えをもらってから、手に取ると、それは花びらのような形をした紙片だった。花びらであれば花芯についている根元の部分に何か黒い染みのようなものがある。
「魔符。だね」
翡翠は言う。
「これが? こんな形の魔符って。ありなの?」
首を傾げて隼人が問う。その問いに翡翠は頷いた。
確かに、普通、流通している魔符は殆どが四角。珍しいものでも、丸いものがあるくらいだ。しかし、実際には魔符に決まった形はない。形状は完全に製作者の好みだ。だから、花びらの形をした魔符があったとしても全く問題はない。
「細かいな」
顔を近づけて、観察すると、黒い染みに見えるところには文字とも図形ともとれるものが小さく描かれていた。
「ん。共感の魔符だな。基本のヤツ。あんまりイジってない。ちっちゃいけど、ちゃんと描かれてる」
魔符に描く文字や図形も魔符師によってかなり異なる。言ってしまえば同じものは一つとしてない。
火をつけるのに、マッチでも、ライターでも、火打石でも、太陽光をレンズで集めるのでも、結果同じ火がつくのと同じように、発動された魔法が同じだとしても、やり方は多数存在する。早く、少ない魔光で、より強い魔法を発動させるために、魔符師はいつでも技術を磨いているし、研究を怠らない。
ただ、基本となる法則は多くはない。魔符師は魔符に描かれたその法則を見つけることで、それがどんな魔符なのかを知ることができた。
「共感。か」
共感。は、魔符を貼りつけたものの五感をトレースする魔符だ。主に情報収集や、情報共有に使われる。
「ストーカーというなら、ぴったりな符だな」
一青の呟きに、虎鉄が補足する。その言葉に一青も頷いた。
共感。の魔法は、魔符を使わないものも存在するが、魔符を通すと対象を限定しやすいため、主に魔符を使って使用される魔法だ。低いレベルのものは対象者の聴覚や視覚の情報の一部を共有できるし、レベルが上がると、共有できる感覚が増える。高位になると、感情を追体験するようなこともできなくはない。
付きまといのようなことはないと言っていたけれど、共感を使っているのなら、実際に付きまとう必要はないだろう。そばにいなくても、情報を知ることはできるのだ。
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