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それは、昨日、そして今日、一青の背中についていたものとほぼ同じだったからだ。
薄いピンクの花びら。
昨夜家に戻ってから、和臣に貰った紙を調べたけれど、あの紙の素材にも酷似している。紙の質だけでなく、込められている魔昏の色合いが。だ。
もしかしたら。
そう思って、翡翠は酷く暗い気持ちになった。
もしかしたら、気付いたのは昨日だったけれど、もっと前から一青の背中には外出するたびついてきていたのかもしれない。一青が家に入るとき、結界を越える。その瞬間に焼き切れてしまえば、家の中で待っている翡翠は気付かない。魔光の欠片が残っていたとしても、一青は仕事帰りで、職場には魔光持ちしかいないから、気付くことは難しい。
昨日は外で会ったから気付いた。けれど、その前には。と、考えると気分が悪い。明確に不快だ。毎日、一青は誰かに覗かれていたのかもしれないのだ。
「これ、ネットで売ってるの?」
想像すると恐ろしい話だ。お手軽に手に入るには少しばかり危険すぎる。
そして、今、翡翠には一つだけ、分かっていて言わなかったことがある。
「それは、調査中。でも……そうか。印刷か」
「って言っても、安くはないと思うよ? 魔道金属を使ってるくらいだから」
花びらを一青に返してから、翡翠は自分の指先を見た。もう、殆ど傷は見えない。一青が癒しの魔法をかけてくれたからだ。
けれど、そこには、確実に傷があった。それは、あの魔符によるものだ。
恐らく、一青の背に魔符をつけたものは、この魔符のことを熟知している。製作者の可能性すらある。
何故なら、ステルスに特化してあるはずの魔符が翡翠の作った結界を壊して、傷まで負わせたからだ。間違いなく、改造されている。
「これを……つけられたっていう依頼主の人はこれについてはあまり気にしないでいい。ストーカーは魔光を持たない人だと思うから、警察に相談した方がいいと思う。少なくとも、スレイヤーが出張るようなことは起きないよ。心配なら、警察の魔道犯係に話しをつけてあげればいい」
翡翠の答えに、一青は頷いた。
「そうか。ありがと。うちの事務所は魔符に詳しい人いないから。また相談に乗ってくれるか?」
もちろん、翡翠が言ったからと言って、全てを鵜呑みにすることはないだろうけれど、礼を言う時の笑顔を見れば、翡翠の言葉を一つとして疑わず受け入れてくれているのがわかる。
「うん。こんなことくらいでいいなら、いつでも協力するよ」
翡翠も微笑みを返す。
酷く、不快だった。
もちろん、一青が。ではない。
「半月くらい前から魔符師の人が事務所の上の階を『アトリエ』にしてるらしくて、その人に相談するかって話にもなってたんだけど、個人情報だからな。信頼している人でないと相談できない」
ため息交じりに一青は言った。
魔符師はあまり多くない。特殊技能だからというよりも、魔符は自作するスレイヤーが多いからだ。だから、翡翠のようにレベルが高い専業の魔符師は少ない。
「じゃあ、俺のことは信頼してくれてるんだ」
一青の言葉が嬉しい。無条件に信頼してくれていると思うと、それだけで自分が価値のあるものになった気がする。
気恥ずかしくて少し茶化すように翡翠は言った。
「当たり前だろ? 翡翠が信頼できなかったら、ほかの誰を信頼すればいいんだよ」
茶化したつもりだったのに、大真面目な顔で一青が言う。
だからこそ、酷く不快だった。
その、とても愛らしい色の花びらが。
だからこそ、一青に本当のことを話さなかった。
「うん。ありがと。信じてて」
翡翠の答えに、袋の中の花びらが一瞬。小さく動いたように見えた。
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