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「……本当に。ごめん」
部屋の惨状を改めて見回して、翡翠は言った。酷い有様だ。もちろん、懲らしめてやろうとは思ったけれど、ここまでやるつもりなんて全くなかった。ただ、翡翠は久米木の呪いが解けて元戻った力を持て余していた。翡翠は自分の力を制御できていなかっただけだった。
「いいよ。翡翠のせいじゃない。多分……正当防衛ってことで片付くよ」
苦笑して一青が言う。それから、そ。と、背に手を置いて、歩き出した。
「や……そうじゃなくて。黙ってたこと」
初めに気付いたときに話していればこんなことにはならなかった。
どうして話さなかったのかと問われると、本当に微妙な感情で、自分でもうまく表現できない。
彼女が哀れだと少し思った。一青のような人を好きになっても、正面切って告白する勇気がないのは理解できる。静さんのような人は稀だ。あのくらいは自分に自信がなければとても一青の前には立てない。
それから、すごく不快だった。自分の恋人が他人に覗かれていていい気分がするような人間はいない。ただ、一青は自分のものだと胸を張って言うことがまだできない翡翠は、本人を特定して怒鳴り込む勇気もなかった。
そして、自慢したかったのかもしれない。一青を好きだと思っているほかの誰かに、胸を張って自慢することができないからこそ、この人の気持ちは全部自分のものなのだと、教えてやりたかった。
そんな思いが複雑に絡み合って、今回のようなことになってしまった。
「上手く……言えないけど。その……一青。俺のだから。俺が。守りたかった……んだと。思う」
そんな言葉で全部伝わるかは分からない。けれど、そう言うと、一青は照れたように頬を染めて笑ってくれた。
「……本っ当。可愛い。ね? あー。うん。ありがと」
それから、翡翠の腰を抱いて、引き寄せる。どう思ったかは、彼女とは違って、翡翠にはわからない。知りたいとは思うけれど、あの人のように裏技を使う気はない。一青が言ってくれるのを待ったり、彼の顔色から想像するのが、本当の恋なのだと思う。
「さっき。話してたの。覚えてる?」
すごく近くなった耳元に、一青が囁く。甘い甘い甘い声。翡翠が泣きたくなるくらいに大好きな声だ。
「さっき?」
その顔を見返すと、悪戯っぽい笑顔が返ってきた。この表情の意味はなんとなく分かる。よからぬことを想像している時の男の顔だ。翡翠だって男だから、そのくらいは分かる。
「お風呂一緒に入ろうって約束」
ぼそり。と、また、囁き声。甘くて低い。一青の声。
「……おぼえて……る」
想像している通りのことを言われて、翡翠は頬を赤く染めて俯く。けれど、次の答えはYES。になるだろうと、翡翠は知っていた。
「…………」
一際小さな囁きに、翡翠の頬がさらに染まった。想像していたのよりは少しだけ斜め上を行っていた。
「……うん。いい……よ」
けれど、やっぱり、答えはYESだった。
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