3 甘い?

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3 甘い?

「……そうじゃな……」  しかし、翡翠は首を横に振った。 「嬉しい。俺は俺だって言ってくれて」  涙を流しながら、翡翠は微笑んだ。無理をしている笑顔ではなかった。はっとするほどに綺麗な涙で、はっとするほどに美しい笑顔だった。 「……どういうふうに考えていいのか。よくわからない」  消え入るような声で、翡翠は続ける。少し視線を下に向けると、また、涙が溢れて、零れた。 「自分が、久米木と同じものだったのかと思うのは……怖いし。気持ち悪い」  ぎゅ。と、一青の腕を握る翡翠の指に力が籠る。  翡翠はよくわからないと言っていたけれど、久米木に対する思いは想像できるし、理解できる。  自分を呪い、時間をかけて作り替え、蹂躙し、凌辱し、全てを奪い去ったものが、本来なら翡翠を守ってくれるべき身内だったら、自分自身の血を呪ってもおかしくない。20年以上前、翡翠を手中に収めたその日から、久米木連は、翡翠をゲートにするためだけに育てた。それは、おそらくは翡翠が久米木の血に連なるものだからだ。  けれど、それは、翡翠が言うように、裏切って一族を捨てた彼らへの報復なのだろうか。一族を裏切った翠ならともかく、息子の翡翠に対して20年以上の時間と、執拗なまでの手間を費やして。翡翠がゲートにならなかったら、ただなぶり殺しにしているだけになる。採算が合わない。そこまでする執着とはどんなものなのだろう。 「もしかしたら……連さんは、母さんに復讐したかったのかもしれない。だから、俺を……瑠璃を使った」  翡翠の言葉に、一青は彼の顔を見た。  瑠璃。というのは、翡翠の妹だ。そして、あの『奈落』にいた、もう一人のゲート。あの店で捕まったもの。保護されたものたちの話を総合すると、二十歳前後のとても美しい女性だったそうだ。年齢も、水のエレメントを持つ青い髪の女性だったという証言も翡翠の妹である瑠璃と合致する。 「この子が。奈落にいた瑠璃だ」  写真の赤ん坊を指でなぞって、翡翠は言った。 「生来のゲートだったのか、俺みたいにゲートにされたのかは分からない。でも……たぶん。間違いない」  翡翠は確信を持っているようだった。欠けているピースは多いけれど、確かに、翡翠の推論には破綻するところはない。姉妹間でゲートを宿す因子を共有するという事例は少なくない。現在国内で確認されている8人のゲートのうち二人は姉妹だ。ゲートの数は1000を超えないにも関わらず、姉妹でゲートと言う例は100件を超える。驚異的な数字と言えた。 「一青。瑠璃はまだ、見つかってない?」  翡翠の目が見上げてくる。首を横に振ると、また、翡翠は俯き、溜息をついた。 「どこにいるんだろう。まだ、あんな辛い思いをしてるのかな? なんで……俺だけ助かったんだろ。瑠璃が助けられていれば……」 「翡翠」  今度は努めて優しく、けれどはっきりと一青は名を呼んだ。その声にはっとしたように、翡翠の言葉が止まる。 「ああ。……ごめん。違う。そうじゃなくて」  その表情から翡翠が酷く混乱しているのはわかった。告げられた内容もそこから想起される現在の状況も翡翠にとってはあまりいいものではない。 「俺、柳大路さんに会いたい。家族のこと探す手がかりになるかもしれない。瑠璃だけじゃなくて……母さんや父さんや。紫も」  翡翠の家族が翡翠と別れた後どうなったかは分からない。瑠璃はゲートだったとしたら、殺される心配はない。しかし、ほかの家族はわからない。いや、翡翠の弟にいたっては、翡翠と同じ目に合っているかもしれない。もしかしたら、フロンティアラインの事件の被害者を調べ直せばその中に。  そんなことを考えて一青は首を小さく横に振った。  こんなことは翡翠には口が裂けても言えない。瑠璃以外の家族はすべてなくなっているかもしれないのだ。可能性は低くない。きっと翡翠だって気付いているはずだ。  気付いていてもわずかな望みに賭けたいのだろう。 「俺が……助けないと。母さんのこと守るって。瑠璃と紫のこと守るって約束した。俺。お兄ちゃんだから……」  まるで目の前に母の姿が見えているかのように翡翠が手を伸ばす。 「うん」  その手をぎゅ。と、握って、一青は頷いた。
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