はなびら 2

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はなびら 2

 ざわ。  と、少しだけ空気が騒めいた気がした。  それを敏感に感じ取ったのは、翡翠と隼人。それから、佐藤と鈴木だけだ。  周囲を歩いている誰も、それに気づきはしない。ただ、立ち止まった二人の男性が遠目にもかなりの美形だったから、ちらり。と、視線を向けるだけで、通り過ぎていく。中にはひそひそ。と、何かを囁き合ったものもいたけれど、ちら。と、翡翠がそちらに視線を向けると、慌てたように歩き去っていった。  特に『危険』を、感じたわけではない。  ただ、空気が騒めいた。と、しか表現できない。  それは、風に舞う砂粒が水面に落ちたほどの小さな揺らぎだった。そこに『敵意』も、『害意』も存在しない。  だから、佐藤と鈴木はすぐに警戒を解いた。足を止めて周囲を見回した隼人も翡翠に目配せをして歩き出す。けれど、翡翠はすぐに足を止める。 「あ」  声をあげたのは、よく知った『におい』を感じ取ったからだ。  澄んだ水のような香り。いや、それは空気に乗って鼻腔を刺激するそれではない。  肌が感じる感触に近いけれど、脳が感じ取った感覚は『におい』と表現するほかにない。  とにかく、それは、翡翠が一番好きで、大切な匂いだ。 「どうしたの?」  立ち止まってきょろきょろ。と、辺りを見回し始めた翡翠に隼人が声をかけてきた。この感覚はおそらく隼人には感じられない。隼人だけでなく、ほかの誰にも感じ取ることはできない。 「一青がいる」  そう言った瞬間に、遠く、一つ向こうの交差点にその姿が見えた。 「あ……ホントだ」  姿が見えて、はじめて気づいたように、隼人も言った。  いや、実際に隼人はその時初めて、一青を認識したのだろう。横浜のドームにはスレイヤーやスレイヤー見習いが多い。平常時のスレイヤーを個人特定するほど正確に遠くから見分けるのは不可能だ。隼人は警戒しているから、遠くに能力が高い人物がいるな。くらいにはわかるだろう。けれど、相手が臨戦態勢や、緊張状態、恐慌状態でなければ、索敵能力を発動させようとはしない。つまりは、無視する。道端に少しばかり大きな石が置いてあっても、邪魔にならないなら目には入らないのと同じだ。 「愛の力だねえ」  ちら。と、翡翠の顔を見てから、隼人は言った。  それが、愛の力。ではなく、ゲートとゲートキーパーの特性だと彼は知っているはずだ。それでも、わざとそんな言い方をしている。揶揄っているのだ。
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