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昔の俺には、自分なりの夢も目標もあった。
幼い頃からあった、人の役に立ちたいという強い気持ち。特に大事な家族に対してはなおのこと、そばにいて力になりたくて。
家業の規模の大きさに正直重圧は感じていたけど、せめて父や兄の仕事の助けになるのが目標で、そのために人一倍努力したし、様々なことを学ぶようにもしていた。
何もかもが変わったのは、俺が吸血鬼になってしまったから。高校生の時だった。
ただ初めのうちは、今までの生活を、夢を、どうしても諦められなかった。
不自由をたくさん感じてでも、何とか人として生きていこうと足掻いていた。そうできるとも思っていた。
でもあの日――。
「痛っ……」
「美琴さん? 大丈夫ですか?」
大学二年目を迎えた夏。
キッチンに立っていた美琴さんが悲鳴を上げたので、慌てて駆け寄った。
美琴さんは兄の奥さんで、兄が学生時代からの長い交際の末に結婚した人。優しく気さくな人で、俺のことも可愛がってくれる。
俺は彼女に特別な感情を持っていた。けど、それは心の中だけで、口にも態度にも一切出したことはない。くだらない横恋慕より、兄と美琴さんがはるかに大事だったからだ。
そのはずだった。
「ごめん、理市くん、驚かせて。うっかり包丁で指を切っちゃって……。絆創膏取ってきてくれるかな?」
「わかりました、今――」
それが目に入ったのはほんの一瞬だったのに。
(――赤い。血が……)
手から滴る血から、全く目が離せなくなっていた。
次に気がついた時、俺は朦朧とした様子の彼女の首筋に牙を立てそうになっていた。
吸血鬼は人間を魅了し、操ってしまうことさえもできる。
俺を吸血鬼にした男が言っていたのを思い出す。
つまり、俺は美琴さんを無理やり操って……。
俺は自分の好きな人に――兄の大事な人に、何をしようと?
(俺は……、俺は……なんでこんな……。本当に化け物じゃないか)
吐き気がしそうだった。
今の俺は、周りにいる人たちを人形か何かのように操ってしまえるのだ。それも、あまりにも容易く。
いくら人間の真似事をしていても、もう自分は人間じゃない。現実を突きつけられた気がした。
更に追い打ちをかけたのは、俺の周りを探るように見え隠れする他の吸血鬼の影。
今のままではどうやっても太刀打ちできない存在。
もう、家にはいられなかった。
近くにいる人を危険に巻き込む可能性が高いどころか、俺自身が危害を加えてしまう可能性まであるのだから。
その頃には、人と関わるのさえ自分にはおこがましいとしか思えなくなっていた。
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