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カフェを開いた理由は、それなら人と深く関わらずにできる仕事だと思ったから。
そしてこんな自分なりに、誰かにとっての安らぎや手助けとなる場を作りたかったからだ。
居心地の良い場所にしようと思った。
落ち着いた調度品で、ゆっくりくつろげる雰囲気を整えて。BGMはジャズに。
メニューはそんなに多くなくて良い。コーヒーと紅茶、ケーキとチョコレート。軽食が少し。
カフェの名前はライムライト。
舞台の照明として、誰かを照らす場所。
ささやかな手伝いをするくらいなら、今の俺にも許される気がしたのだ。
幸いにして店は軌道に乗り、様々な人が訪れてくれるようになった。
月島もその一人だった。
月島に出会ったのは、彼女がまだ学生の頃だ。
素直に、きれいな子だと思った。
肩までの艶やかな黒髪をさっとくくって束ねただけの、化粧っ気のない顔。飾ればいくらでも華やかになりそうなのに。
俺から見たらずいぶん小柄で華奢に思えたが、芯の強そうなしっかりとした存在感があった。
カフェ・ライムライトに初めて顔を見せた時の彼女は、今にも泣きそうなのを意地で堪えているのがすぐにわかった。
世間話で俺にこぼした話によると、大学の講評会が散々だったのだという。懸命に向き合い、解決策を探していく姿は強く印象に残った。
その後、月島はよく店に顔を見せるようになる。大体は月に一度、課題にかなり詰まっている時には二度。
時折、話もした。
「我慢強くて丈夫なのが取り柄なんです!」
彼女はそう言っていつも笑っていた。
学業、アルバイト、サークル、それに恋。ひたむきな様子の彼女は好ましく映った。俺の目には眩しすぎるくらいに。
月日は流れて、就職が決まったことと大学を卒業することを話して、彼女は店に姿を見せなくなった。
もう彼女の人生に、俺が関わることはないだろう。卒業までの憩いの場になれたなら本当に良かった。
そう思っていたのだが――。
まさかの再会をしたのは数年後の春、四月十日のことだった。
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