理市Side① 彼女と出会った時から

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「こんばんは」  大きなスーツケースを持った月島が、カフェ・ライムライトに姿を見せたのは、春にしては冷える夜だった。  何年かぶりで彼女を見て、思わず眉をひそめそうになるのを堪えた。何とか笑顔を作る。 (確実に何か良くないことがあった……よな、これは)  はっきりとやつれている。  目の下の隈に、ひどい顔色。足取りもおぼつかない。  とどめは今にも泣き出しそうな表情だ。  あの眩しかった彼女が、もう折れてしまいそうなくらい頼りない風情で佇んでいる。  そしてしばらくすると(せき)を切ったように泣き始めた。  我慢強いのが取り柄と言い、ずっとその通りの頑張りを見せていた彼女に、いったい何が起こったのだろう。 「もし宜しければ……お話、お聞きしましょうか? あなたの差し支えない範囲で」  決して泣かなかった月島の涙。  それを見た時、俺は自分でも思ってもみなかったことを言っていた。  カフェのマスターとして誰かの話を聞いても、自分から問いかけたことはただの一度もなかったのに。  月島は驚いたようだったが、訥々(とつとつ)とつらい事情を打ち明けてくれた。  あまりにもひどい裏切りの話だった。  それを聞き、彼女のような人の気持ちにこそ、寄り添いたくなった。俺にできることなどほとんどなくても。  その後の不慮の事故で、人間ではないことを月島に知られてしまった時。そして彼女に魅了が効かないとわかった時。  俺は彼女に取引を持ちかけた。  『俺は彼女の望みを叶え、彼女は俺の秘密を守る』。  自分の今の生活を守りたい気持ちがあったのは間違いない。  ただ、彼女ならこんな取引をしなくても、きっと秘密を喋るようなことはしなかっただろう。  それでもそんな話をしたのは、彼女相手だからこそだった。  失意の底の暗闇に突き落とされた小さな星。  月島風優子という女性を、再び輝く舞台に戻してやりたい。  そうしたいと、何故か強く思ったから。 「……わかりました。『約束』しますね、私。今日のこと、理市さんの秘密、絶対誰にも言いません」  吸血鬼の俺に怯えながらも、彼女は真摯な目で『約束』してくれた。  そこから、全てが始まった。
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