ママの消えた世界で

7/8
4人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ
「こんな体にならなければ、って何度も思ったわ。でもなってしまったものは仕方ないから、ずっと治療をしながら今まで生きてきたの。あなたに謝るためにも、元気にならないとと思ったし」  父に宥められてすこし落ち着いたのか母は、改めて話し始めた。治療には本当に時間が掛かったこと、それは精神力の戦いでもあったこと。その話のほとんどは、闘病生活についてだった。精神病を患った人をほかに見たことがなかった私には、それがどれほどの辛さなのかという本当のところは分からなかったけれど、母の話はリアルだった。何度か死のうと思ったこともあったこと。それでも父が何度も止めたこと。けれどどれも昔の話だそうだった。 「今は、もう元気よ。ただ、あなたに…恭子に許してもらってからでないと何も始められないと思ったの。だから……お父さんに恭子を連れてきてと頼んだのは私だったのよ」  その言葉に、私は驚いた。父は一言もそうは言わなかった。母が言わなかったら、ずっと言わないままでいるつもりだったのだろう。あくまで、自分が母に会わせたくて連れてきた体にしていたはずだ。やっと、父のこともすこしは分かるようになってきた気がした。 「ママが……」 「ええ、私が言ったの。きっとこの人のことだから、言わなかったでしょう。優しいのよ、昔からずっと」  言われて父は気まずそうに目を逸らした。居心地悪そうに頭を搔いている姿は、今までの父からはイメージできないものだった。 「私のことは気にしなくていいよ。あとはもう夫婦の話だと思うから、今後の話は二人でして。とりあえず、私は恨んでないから許すも何もないよ。ママ……会えて嬉しい。本当にそう思ったよ」  私はやっと素直にそう言うことができた。母の頬を涙が伝うのが見えた。それだけでもう私には十分だった。ありがとう、と何度も言う母を、私はただただ見つめていた。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!