ママの消えた世界で

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 太一とは大学のサークルで一緒だった。大学を卒業して、久しぶりにOB会でもやろうかとグループLINEができて、そうしてプチ同窓会のようなものが開かれたときに再会してから親しくなったのだった。大学時代はほとんど絡みもしなかったのに。 「あのとき、なんで私の連絡先なんて聞こうと思ったの?とくに話が盛り上がったわけでもなしに」 「それはそれで切ない話だな」  こちらは盛り上がってた気になっていたのに、と言いたげに太一は息をついたけれど、実際話はすこしも盛り上がっていなかった。誰かが地元の話を始めて、みんなどこに住んでたのとかそんな話を始めたからだ。子供の頃のことを思い出そうとするのは憂鬱なことだった。 「(うれ)いを帯びた恭子の瞳を見ていたら、ついうっかり声掛けてたんだ。ほかに話すこともなかったし、連絡先でも聞いとけばいいかと思って」 「なにその投げやりな理由。そのわりに、しっかり次に会う約束すぐに取り付けてきたわよね」 「ちょこちょこメッセージ送るより、会った方が楽だからな。変な誤解も生まれないと思って」  誤解とはまさに、太一が私に気があると思われたくない、ということだったのだけれど、会う約束を取り付ける方がよっぽど誤解が生じると思う。  そんな風に会う機会を作っていざ会ってみると、私たちは本当に思いのほか馬が合ったのだった。それはまるで難破船が偶然見つかるようなそんな確率の低い出会いだったと思っている。少なくとも私は。 「なぁ、これ、付き合って一年経ってするような話か」 「いつしたって一緒でしょ。聞きたいことを聞くのに期間が関係あるの」 「それもそうか。にしても、もう少し愛想というものを持ってもいいと思うぞ」 「それはどうも。生憎、どこぞに行った母親の腹の中に置いてきたのよ」  私も軽口で答える。そうして二人して、クスッと笑った。たしかに私は愛想はないけれど、笑わないわけではない。面白ければ笑うし、嬉しいことがあれば笑みも零れる。振りまくための笑顔を持ち合わせていないだけだ。そうして、そんな私を太一は選んだ。けれど、これだっていつまで続くのか分からないと心のどこかでは思っている自分がいる。誰しも気付けば別れがやってくる、そんな関係は往々にしてあるものだ。なにも特別なことではない。  母が出て行った後、変わったことはたくさんあった。まずは周りの目。人が同情の眼差しで見てくるようになった。 そして、父の仕事である。それまで早く帰ってきていた父が、残業で遅くなるようになった。ご飯の作り方を父の休みの日に教えられて、小4のときにはもう自分のご飯を作れるようになっていた。 もう一つは、学校の先生が腫れ物に触るように接してくるようになったことだ。それは子供ながらに分かった。居心地の悪い学校という空間に、一時期嫌気がさしていた。そんな日々の中、私は母を待っていた。いつか帰ってきてくれる、そう信じて。
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