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なかなかいい曲だ。たぶん動画サイトのランダム再生で流れたものだろう。後で曲名を確認しよう、そう思ったところで、先の曲がり角から年嵩の刑事が出てきた。
おいおい、尾行対象と鉢合わせしてどうするよ、チョンボじゃねぇか。鼻で笑いながら顔を上げ、一瞬で肝が冷えた。刑事はさっきまでの気だるい様子から一変、厳しい目で俺を見ている。
「藤井、下着泥棒の容疑は晴れたぞ」
「え……っ」
若い刑事が俺の真後ろに立ち、退路を塞いだ。
何かまずいことになっている、それだけはわかった。下手をうったら詰む。冷や汗が背筋をつたった。
「お前、さっきの歌はいつどこで聴いた?」
さっきの歌? さっきの歌が、なんだ? どこで聴いた……?
必死で記憶を辿る。女の歌声。暗く蒸し暑いクローゼット。さっきまで歌っていた口から垂れた、赤い舌──
「あ……」
思い出した。あれは一昨日の夜、空き巣に入った部屋に帰ってきた女が、身を隠している俺に気づくまで繰り返し口ずさんでいた歌だ。
「明日のライブでお披露目するはずだった新曲だよ」
刑事が俺を睨んだまま、ドスの効いた声で言う。
「お前に殺されなければな」
なんてこった。怨みによる犯行に見せるために、財布の現金さえ盗らずに帰ってきたってのに。
「署で詳しく聞こうか」
俺にとっては呪いの歌となったメロディが、殺した女の声で脳内に響いていた。
【了】
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