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職場のフロアに定時の音楽が鳴る。ふぅ〜と大きく息を吐き、手を組んで頭上にぐっと伸ばす。同時に首を回すと関節が音を立てた。
うーん、今日もよく働いた。
疲れているけど、肩に重石を乗せたような怠さはない。頭痛薬も引き出しの奥にしまったまま長らく出番から遠のいている。
「喜多かちょ〜、おつかれさま〜っす」
「はーいお疲れさま」
「あれ?喜多さんは早く帰らなくていいんですか?」
「え……あっ!!わ〜〜〜っまずい、もう行かないと!みんな今日は残業禁止だからねっ。お先です!」
「あはは、喜多さん走ってるのウケる。デートかな?」
「あれ、ペット飼いだしたんじゃなかった?」
「いや違うって。おれこの前見ちゃったんだけどさ、――――」
部下たちに噂されていることも知らず、柊は小走りで職場を出た。途中で総務部の部長に走るなと叱られたけど、足をゆっくり動かしたのは彼女の目が届く範囲までだった。見えなくなったらまた走る。
以前は人に叱られるのが怖くて、怒られそうな行動なんて全く取れなかったのに。
柊は殻をひとつ破った。ちょっとくらい失敗したっていい。その先に大事な理由があるのなら。
駅に向かって急ぐ。途中にある小さなビルの前を通るとき、チラッと視線を向けた。
一階にコンビニが入っていて、ビルの横手から入るとエレベーターホールがある。そこにあったマッサージ店の立て看板はもうない。夕里が辞めてから一気に客足は遠のき、経営難に陥ったらしい。
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