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大学進学を決めた千鶴だったが、初めは進学など全く考えていなかった。
それをものすごい熱量で、進学を進めたのが公子だった。
「千鶴ちゃん、大学に進学しなくちゃダメよっ」
「でも…」
「これ、千鶴ちゃんが受けられる奨学金。給付型だから、返さなくていい。条件があってなかなかに厳しいけど、千鶴ちゃんなら余裕だから」
「…あの」
「千鶴ちゃん、今の境遇に甘んじてはいけない。方法はいくらでもある。進学しなさい。あなたのこれからの将来のために」
「…はい」
千鶴は、公子の心遣いに感謝して、押し切られる形で進学を決めた。
大学は、施設からそう遠くない国立大学。
どうせ目指すなら、将来役に立つ資格を取ろうと思った。
千鶴は、施設で簡単な帳簿の整理をしていた。
入って来るお金、出ていくお金、そして、最後に残るお金。
そんなお金の動きを形にするのは面白かった。
そして、そんな心の機微から、目指す学部を決めた。
「先生、私、公認会計士を目指します」
「そう、目標があれば道も決まる。頑張って」
こうして着々と準備を進めていった。
千鶴が暮らすのは、比較的新しい低層マンション。
ここの契約でも、公子が尽力した。
千鶴の新天地。
「頑張れ、私。大丈夫」
千鶴は、これからの自分に活を入れた。
□◆□◆□◆□
公子のお陰で住まいの心配は無いが、
日々の生活費を、自分で工面しないといけない。
千鶴はどうしようかと考えた。
人付き合いが難しい千鶴にとって、働くということは難しい。
だが、日々の生活費は自分で工面する必要があるし、
そのために、業種も選んではいられない。
「やっぱりまずは、ハローワークよね?」
千鶴は、まずは働き口を探しに出かけた。
マンションを出て、散策しながら歩いて行く。
千鶴が暮らす街は、古い商店街があり、住みやすい場所だ。
大学に歩いて通える、治安の良い街。
ここにも、公子の心遣いが滲んでいた。
しばらく歩いていると、喫茶店のレトロな看板が見えた。
カランカランと、心地いいドアベルが聞こえ、視線を向ける。
「…」
千鶴は、そこから出てきた店主らしき人が、
何やら張り紙をしているところに遭遇した。
何かなと、珍しく千鶴は気になった。そこには、
『アルバイト急募』
その文字を見た瞬間、千鶴は考えずに飛びついた。
店主は、喜んで千鶴を迎え入れ、
その場で面接となり、店主は千鶴の採用を即決した。
「…あの、本当にいいんですか?履歴書は…」
「大丈夫。俺、こう見えて人の見る目はあるんだ。君は合格」
「…はぁ」
「君が良いなら、明日からでもお願いしたい」
そう言われ、千鶴にとっても願ってもない事なので、
「はい、大丈夫です。よろしくお願いします」
こうして、千鶴のバイト先は、歩いて5分で決まり、
その喫茶店は、ちょうどマンションと大学の中間の場所だった。
千鶴は、新しい生活を始めたが、やはり人付き合いは苦手だった。
大学でもバイト先でも、他人と絶妙な間をとり近づかない。
千鶴は、自分が抱えた心の傷をそのままに、
誰とも接触せず、誰も寄せ付けない、
高くて分厚い壁を作り上げ、
その瞳に、深くて吸い込まれそうな『黒』を湛えた。
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