01 白戸千鶴の『黒』

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 大学進学を決めた千鶴だったが、初めは進学など全く考えていなかった。  それをものすごい熱量で、進学を進めたのが公子だった。 「千鶴ちゃん、大学に進学しなくちゃダメよっ」 「でも…」 「これ、千鶴ちゃんが受けられる奨学金。給付型だから、返さなくていい。条件があってなかなかに厳しいけど、千鶴ちゃんなら余裕だから」 「…あの」 「千鶴ちゃん、今の境遇に甘んじてはいけない。方法はいくらでもある。進学しなさい。あなたのこれからの将来のために」 「…はい」  千鶴は、公子の心遣いに感謝して、押し切られる形で進学を決めた。  大学は、施設からそう遠くない国立大学。  どうせ目指すなら、将来役に立つ資格を取ろうと思った。  千鶴は、施設で簡単な帳簿の整理をしていた。  入って来るお金、出ていくお金、そして、最後に残るお金。  そんなお金の動きを形にするのは面白かった。  そして、そんな心の機微から、目指す学部を決めた。 「先生、私、公認会計士を目指します」 「そう、目標があれば道も決まる。頑張って」  こうして着々と準備を進めていった。  千鶴が暮らすのは、比較的新しい低層マンション。  ここの契約でも、公子が尽力した。  千鶴の新天地。 「頑張れ、私。大丈夫」  千鶴は、これからの自分に活を入れた。 □◆□◆□◆□  公子のお陰で住まいの心配は無いが、  日々の生活費を、自分で工面しないといけない。  千鶴はどうしようかと考えた。  人付き合いが難しい千鶴にとって、働くということは難しい。  だが、日々の生活費は自分で工面する必要があるし、  そのために、業種も選んではいられない。 「やっぱりまずは、ハローワークよね?」  千鶴は、まずは働き口を探しに出かけた。  マンションを出て、散策しながら歩いて行く。  千鶴が暮らす街は、古い商店街があり、住みやすい場所だ。  大学に歩いて通える、治安の良い街。  ここにも、公子の心遣いが滲んでいた。  しばらく歩いていると、喫茶店のレトロな看板が見えた。  カランカランと、心地いいドアベルが聞こえ、視線を向ける。 「…」  千鶴は、そこから出てきた店主らしき人が、  何やら張り紙をしているところに遭遇した。  何かなと、珍しく千鶴は気になった。そこには、 『アルバイト急募』  その文字を見た瞬間、千鶴は考えずに飛びついた。  店主は、喜んで千鶴を迎え入れ、  その場で面接となり、店主は千鶴の採用を即決した。 「…あの、本当にいいんですか?履歴書は…」 「大丈夫。俺、こう見えて人の見る目はあるんだ。君は合格」 「…はぁ」 「君が良いなら、明日からでもお願いしたい」  そう言われ、千鶴にとっても願ってもない事なので、 「はい、大丈夫です。よろしくお願いします」  こうして、千鶴のバイト先は、歩いて5分で決まり、  その喫茶店は、ちょうどマンションと大学の中間の場所だった。  千鶴は、新しい生活を始めたが、やはり人付き合いは苦手だった。  大学でもバイト先でも、他人と絶妙な間をとり近づかない。  千鶴は、自分が抱えた心の傷をそのままに、    誰とも接触せず、誰も寄せ付けない、  高くて分厚い壁を作り上げ、  その瞳に、深くて吸い込まれそうな『黒』を湛えた。
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