05 漆黒と焔

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05 漆黒と焔

 その後、龍二に絡め捕られた千鶴は、少しずつ近付いていった。  龍二に近付いていく度に、千鶴の『黒』は小さく薄くなっていく。 「龍二さん」  やがて龍二や、龍二が大切にする家族たちの前で、  自然と自分を曝け出すようになった。  これまで感じたことが無かった周りの景色に色がつき、  押し殺して来たこれまでを取り戻すように、千鶴の瞳がくるくる回る。  今日は、組の屋敷の庭で、池の鯉に餌を撒いていた。 「龍二さん、これはさすがに撒きすぎですか?」 「……そうだな。こいつらは、撒いただけ食うから、そろそろやめとけ」  撒き終えた後も、鯉は千鶴の足元に集まっている。  千鶴が指の先を水に浸けると、鯉がぱくぱくと咥えてきた。 「ふふ、ごめんね?また今度ね…」  そんな千鶴に龍二が声をかける。 「よし、屋敷に戻るか。後藤の所に行くだろう?」 「はい。後藤さんのお仕事は、本当に綺麗で見てて飽きないんです」 「そうか」 「ふふ、お邪魔して、ご迷惑ばかり掛けてますけど…」  そんな会話を交わしながら、二人は食堂に向かった。  後藤とは、屋敷の炊事班の番頭。  京都の料亭で10年、料理長を務めた腕の持ち主だ。 「後藤さん」  今日も千鶴は、隣で後藤を質問攻めにする。  後藤は、嫌な顔一つせず、優しく丁寧な言葉で伝えていった。  後藤とのひと時は、千鶴の心を癒す一助となる。  龍二も、そんな千鶴と後藤の遣り取りの邪魔をしない。  食堂の椅子に座り、二人のやり取りをただ見遣る。 「あ、ぜんぜん味が変わりますね!凄い」 「これは、何にでも応用がききますよ?」  千鶴は、本当に嬉しそうに笑う。  その表情に、初めて逢った時の『黒』は見当たらない。  千鶴は今日も屋敷で、沢山の厳ついさんたちに見守られ、一日を過ごす。  千鶴は今、少しずつ自分の世界に、大切に想う人たちを招き入れていた。  赤崎の屋敷の厳ついさん達。  そして、自分の『黒』を払ってくれた、燃ゆる焔。  赤崎龍二。  彼のため、千鶴は龍二が望むまま傍にいる。  龍二は、外で様々な顔を作る。  表の社長業の顔。  裏の若頭の顔。  ただ、そのどちらも龍二の本来の姿ではない。  だけど、千鶴の前でだけは、龍二は素の自分を晒している。  千鶴にだけ見せる、柔らかい表情。  龍二に包まれて感じる、その温もり。  そして、千鶴だけが見れる、無防備な寝顔。  それが何より愛おしかった。 「千鶴、お前はずっと、そうやって笑っていろ」 「私は、龍二さんの隣なら、いつでも笑っていられます」 「そうか」 「はい」  千鶴は、龍二の懐で柔らかく微笑む。  その笑みに、やはり淀む『黒』は無かった。
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