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「ねぇねぇ。最近のゾンビドラマってさぁ、なんか余裕あるよね逃げる側」
グレージュの布製ソファに深く沈み込み、風呂上がりタンクトップ短パン姿の沙莉が、缶ビール片手に呟く。
「あぁ……うん、そうだね」
黒いワイヤーシェードのペンダントライトのオレンジ色の朧げな光の中、沙莉の無防備な白い太腿に視線を送りつつ、僕は太陽のポーズのまま頷く。
雨が降る前だからなのか、湿気をはらんだ室内は窓を開け放していてもジメッとしている。
薄パープルのターバンバンドをしてむき出しになっている沙莉のゆでたまごみたいな額やツンと上向きな鼻頭の部分は、うっすらと汗ばんでいる。
「昔のはもっとさ、こう襲いかかってくる瞬間の感じとか早くなかった?こんな考える暇とか観察してる暇とかさぁ。絶対なかったって」
録画で観ている海外のB級ゾンビドラマ。演出に軽快にダメ出しをしている沙莉の機嫌はとても良い。それもその筈。今日は企画したプレゼンが初めて鬼上司に認められたからだ。
祝杯だとさっきから飲んでいる缶ビールは今飲んでいる分で3本目。テーブルの上には空になった2本のビール缶が並び、その横にはミックスナッツの入った器がある。
僕は体質的にアルコールは無理だから、一緒に晩酌という訳にはいかない。その代わり、沙莉が入れてくれたハトムギ茶のボトルと氷の入ったコップがミックスナッツの器の隣に置かれてある。今やっているヨガが終わったら飲む予定だ。
「何あれ。ピクトグラムみたいになってる。ゾンビって動き続けるもんじゃないの?注射してそんな簡単に止まるもんなの?無い無いそんなのォ」
ヒーヒャーと特徴的な引き笑いをしながら、潤んだ瞳を向ける沙莉が、テーブル上の隅っこに置かれてあった僕のスマホをおもむろに指差した。
「誰かからメールきたっぽいよ」
「こんな時間に?誰だろう」
時刻は午後11時をまわったところだ。平日のしかもこんな遅い時間帯に僕にメールを送ってくる人間なんてまずいない。
ヨガマットから立ち上がると、スマホを手に取り沙莉の隣に座ってからメールを見た。
「えっ……母さん……嘘だろ?」
「え、お義母さん?お義母さんがどうかした?」
「いや……親父とケンカして出てきて、行くとこないから今うちの家の前に来てるって」
「え――っ!嘘――っ!いや――っ!」
ゾンビに襲われそうになりオーマイゴッドと叫ぶテレビの中の主人公の彼女。僕の目の前で驚くターバン姿の沙莉。2人の声が丁度いい具合にシンクロした。
真夜中に絶叫した沙莉の今の顔は、ゾンビドラマの登場人物になれるんじゃないかというくらい、驚きと困惑に満ちている。
――END――
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