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「えーと、ここら辺かなー」
私はサイリさんから送られてきたマップを頼りに、指定の場所を目指した。
電車とバスを乗り継ぎ、バス停からもちょっと歩く。
特に目立った特徴のない閑静な住宅街の中を歩いていくと、目印と言われた最低限の遊具しか置かれていない、小さな公園を見つけた。
この公園を通り過ぎると、まもなく到着のはず……。
「こ、ここだ……」
周囲の住宅からは浮いている、打ちっぱなしコンクリートで造られた大きな家。
まるで要塞みたいだ。
チャイムを押すのに躊躇ってしまう。
表札もないし、本当にここで合っているのか?
勇気を出してチャイムを押そうとしたところで、ドアが開いた。
「あ、サイリさん……ですか?」
中から出てきたのは、体の小さなショートボブの女の子だった。
アイドルのように凛とした女の子が、声を発さずに手招きしている。
私はたどたどしく礼をしてから、中に入れさせてもらった。
「あ、あの、サイリさんですか?」
市民ホールのロビーかと思うほど広い玄関でもう一度聞いてみると、こっちを向いてニッコリ微笑んだ。
そして、ずっと握っていたスマホの画面を見せてくる。
『私は生まれつき声が出せません。今日は来てくれてありがとう』
え? 声が出ない?
素晴らしい曲を何曲も作り上げていたサイリさんは、声を出すことができない?
驚きを隠すように、小さく頷く私。
サイリさんはもう一度微笑んで、今度は奥の部屋に案内してくれるみたいだった。
声が出ないという障害を抱えている……同情するのも安っぽいし、余計な言葉を吐くのはやめておこう。
サイリさんも、気にしてほしくはないはず。
そのままついていくことにした。
「すごい……お家にスタジオが併設しているなんて……」
ピアノやギター、ドラムなどの楽器や機材が全て揃っている。
一般的なスタジオに比べたら少しこじんまりしているとはいえ、それでも上質なレコーディングができるような環境だ。
私の使っている簡易的な防音ブースとはわけが違う。
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