憧れの世界

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憧れの世界  ある日、突然差出人の名前が書いていない手紙が届いた。 不審に思わないといけないものなのだろうけど、今の生活に飽き飽きしていた私には、とてもワクワクする展開だった。  迷うことなく封を開けた。  樹小乃花(いつきこのか)さま 突然のお手紙申し訳ございません。 あたしは、あなたの生き別れの双子の姉です。 どうしても、あなたに頼みたいことがあって、手紙を送らせていただきました。 こんな話信じられないかもしれないけれど、少しでも興味を持ってくれたら、明日の朝四時に駅のホームに来てくれませんか。 二時間待って来なかったら帰ります。どうか、よろしくお願いいたします。                       春海乃々葉(はるみののは)  手紙を持つ私の手は震えていた。  こんなアニメみたいな展開、現実で起きるものなのか……という驚きで、震えが止まらない。こんなこと誰にも話せはしない。  だけど、私はこの手紙が嘘だとは思えなかった。優しくて、可愛らしい文字。私と同じ漢字が名前に入っていて似た響きの名前。  きっと、本当に双子の姉なのだろう。 そんな存在がいたなんて話は、聞いたことなかったけれど。 もし、これが詐欺で明日約束の時間に駅のホームに行って殺されたとしても、まあいいやと思った。ここで躊躇って行かずに、この手紙の主と会えなかった方がきっと、ずっと後悔する気がしたから。  私の暮らすこの村は、何にもない村。山奥にあって、街と言えるところまで出るのには半日はかかる。バスも電車もあるにはあるけれど、一日に数本。電車なんて、朝の六時と夜八時の二本。友達はいるけど、幼稚園の頃からずっと変わらないメンバー。  変わり映えのしない毎日。刺激も何もない。テレビもほとんど映らないけど、唯一映る局で毎週放送されている音楽番組を見るのが私の唯一の楽しみだった。  私は、アイドルを見るのが大好きで、密かに憧れていた。  一度見た踊り、一度聞いた歌は完全にコピー出来てしまうのが私の特技だった。こんな村で、アイドルに憧れたってどうしようもないのだけど。  父が仕事で遅い日に、音楽番組がやっている時はダンスを真似て踊ったり、一緒に歌ったりしていた。  今日も、どうやら父は遅いらしい。私は、父と二人暮らしで母は生まれた時からいない。父のことは嫌いではないし、この家も好きだ。それでも、やっぱり村を出て行きたい、という気持ちが歳を重ねるごとに大きくなっていっていた。 「次は、最近SNSで話題のソロアイドルのノノハちゃんです」  テレビから聞こえてきた名前にえ⁉ と声が漏れた。  ノノハって、私に手紙を送って来た人と同じ名前だ。  いや、偶然かもしれない。少し珍しい名前ではあるけど、全くいないという訳でもないし。そう思っていたけれど、次の瞬間、テレビに映った人の姿を見て、あぁ間違いない、双子の姉だ……と感じた。  だって、そこには私と瓜二つの顔をした人がいたから。  SNSを私は見ないから、流行りの物には疎かったので、ノノハちゃんのことは今初めて知った。とても可愛らしくて、キラキラしている。  顔は、そっくりでも雰囲気はまるで違った。生きている世界が違い過ぎる……こんな人がこの村までわざわざ来て私に会いたい、とはいったいどんな理由なのか。  さっぱりわからなかった。 「明日分かるからいっか~」  そう呟いて、その後は純粋にノノハちゃんの歌と踊りを楽しんで見た。 ——次の日  約束の時間に合わせて私は、そっと家を出た。  明け方の空はまだ暗い。  こんな時間に外に出るなんて初めてで、何だか悪いことをしているみたいでドキドキする。少し足早になりながら、駅へと急いだ。 「来てくれたんだね」  ホームに到着すると、昨日テレビで見た人が目の前にいた。  本当に私と瓜二つの顔。 「初めまして、樹小乃花さん。手紙でも書いた通り、あなたとは生き別れの双子の姉妹で、あたしの方が姉です。堅苦しいのは嫌だから、この後からは敬語は無しにするね」  昨日テレビで見ていて予習が出来ているはずなのに、やっぱり目の前に自分と同じ顔の人がいるという驚きで、しばらく声を発することが出来ず、ぼんやりと目の前を眺めていた。 「あはは~まあ、信じられないのも無理ないよね。あたしも知ったのつい最近だし。ほっんとに親って勝手だよねぇ。まあ、あたしもこれから更にあなたを困惑させてしまうことを言ってしまう勝手な姉なんだけどね」 「……昨日、テレビで見たから顔は知ってた」 「なーんだ、知っての? じゃあ、話が早いや」  ノノハちゃんは、ベンチから立ち上がり私の目の前まで来るとじっと私の顔を見つめた。 「あたしの代わりにアイドルになって欲しいの」 「え……?」  何を言っているのか、すぐには理解出来なくて私は聞き返した。 「あたし、アイドルするのが嫌になっちゃってね、でも辞められないし、どうしようって思ってる時に、あなたの存在を知ったの。これは、今まで頑張ってきたあたしへの神様からのプレゼントだって思った」  そう語る声と瞳は真剣で、嘘や冗談ではないことが伝わってきた。  それから、ノノハちゃんは私の存在を知った経緯とアイドルを辞めたい理由を教えてくれた。 「大きな地震があって、家の物が色々倒れちゃった時にね母子手帳を見つけたの。何故か二つあって、あたしはママを問い詰めた。そしたら、観念してあなたの存在を教えてくれたんだ」  アイドルを辞めたいのは、単純に疲れてしまったからだと言った。田舎でゆっくり休みたいのだ、と。そしたら偶然にも私が田舎に住んでいると知りこうして今に至るそうだ。 「あたしのお願い、聞いてくれる?」  ここまで聞かされても私はまだ、整理しきれていなくてすぐには、うんと言えなかった。嫌なわけではないし、願ってもないことだ。  だけど、たくさんの人を騙すことになる。それが、怖かった。 「……私、アイドルに憧れてた。一度見れば歌もダンスも完璧にコピー出来るから、あなたの願いは叶えてあげられると思う。だけど、本当にそれで良いの?」  私は、別に失うものはない。この村に未練はないし、こんな刺激的な展開は心が躍る。正直、断る理由はなかった。  私はたぶん、完璧にノノハちゃんに成りきれる。 「ないよ。あったらこんな所まで来てない。帰るつもりはない」 「……分かった。だけど、私からもお願いをしても良い?」 「もちろん」 「お父さんと牧場の世話をして欲しい。お父さん、腰を痛めちゃってるんだ。家のことだけちゃんとしてくれたら、後の私のプライベートは適当にしてくれて構わない」  私は、ノノハちゃんと違って平凡な女子高生だから別にちょっと性格や態度が変わっても、大きな問題はないだろう。 「任せて。早速なんだけど今日生放送の音楽番組があるんだ。今から動画見せるから覚えられる?」 「生放送⁉」 「さすがに難しい、かな?」  普通ならば、難しいと言うのだろう。だけど、変にプライドが高い私は、ううんと首を振った。  「私の完コピに、不可能なことなんてないよ」  私は、はっきりとそう告げた。  それから、ノノハちゃんは電車が来るまでの間アイドルについて色々と教えてくれた。 「一応、マネージャーにだけはあたしが双子の妹と入れ替わることは伝えてあるからそこは安心して。悪い人じゃないから、きっとあなたの助けになってくれると思う」 「言ってあるんだね」 「うん、まあ、さすがにマネージャーには言わないときついかもなーって思ったから。だから、あなたもお父さんには伝えて来ても良いけどどうする?」 「うーん、私はいいや。ノノハちゃんから適当に伝えておいて」 「りょーかい。そろそろ電車来る時間だね。スマホも入れ替えたいけど良い?」 「うん」 「ここのフォルダに動画とか入ってるから本番までにゆっくり見て置いて。事務所の地図はこれ」  テキパキとノノハちゃんは、指示をしてくれて私はそれにうん、うん、と頷いていた。電車が到着する音楽が流れ始めた。  あぁ、本当に私はこれからノノハちゃんに、アイドルになるんだ。ずっと、憧れていた場所へ行けるんだ。そう思うと心が弾んだ。  それと同時に少しだけ、怖い気持ちも芽生えた。 「あ、電車来たね」 「うん。ねぇ、また会える? 今日は業務的な話しか出来なかったから……姉妹らしいこともいつかしてみたいなって思って」 「そうだね。また、会おう。頑張ってね、応援してるから」 「ありがとう、お姉ちゃん」  到着した電車に乗り込む瞬間、私は最後に〝お姉ちゃん〟と呼んだ。  本来、そう呼び合って一緒に暮らしていたかもしれない存在なのだから、少しくらいそう呼ばせて欲しい。 「バイバイ、小乃花」  ノノハちゃんも、最後は私の名前を優しい声色で呼んでくれた。  電車が発車して、姿が見えなくなるまで私たちは手を振りあっていた。 ——そうして、私は生まれて初めて東京という大都会に降り立った。  村とはとても比べ物にならないくらい人も物も何もかもが多くて、建物も高い。ドキドキしながら、マネージャーさんが待っている場所へと向かった。  そこのビルもとても高いし綺麗だったので、内心はすごく緊張していたけれど、この地に降り立った今、私はもうノノハちゃんなのだ。 ノノハちゃんは、緊張したりしない。私は平静を装って、目的地へ向かった。 「へぇ、本当にそっくりね」  私を待っていたマネージャーさんは、私の顔を見るなりそう呟いた。 「声も同じだし、見た目は問題なさそうね。だけど、アイドルとしての笑顔やパフォーマンスは本当に大丈夫なのかしら?」 「平気です。まだ、時間あるようでしたら一度見ていただけませんか?」 「……分かったわ」  マネージャーさんの返事を聞いてから、私は荷物を置き水分補給をしてから鏡の前に立った。  私は、これからアイドルになるんだ——  ここに来るまでも何度も何度も、動画を見返した。私の中にはもう、完璧なノノハちゃんがいる。私は、小さく気合を入れて踊って見せた。 「あなた、すごいわね。完璧すぎよ。これなら全く分からないわ。誰も、入れ替わっているなんて気づかない!」 「ありがとうございます」  私は、最高の笑顔でそうお礼の言葉を述べた。    それから数時間後、私は初めての舞台に立つ。  心臓はドキドキと高鳴っている。生放送の音楽番組。周りにはテレビや雑誌で見たことのある人たちがたくさんいた。  五十分の音楽番組で、私は二番目。最初の人たちは、二人組のアーティストだった。当たり前だけど、とても上手くてプロのパフォーマンスをこんな間近で見られることに感動した。 「次、ノノハちゃんスタンバイお願いします」 「はい!」  私は今、可愛らしいアイドルの衣装を身にまとっている。  これから、私のアイドルとしての第一歩が始まる。ノノハちゃんを演じるのではなく、私がもうノノハちゃんなのだ。  人気ソロアイドルノノハ。ピンクのフリフリの衣装で、踵の高い靴を履いてリボンがついたマイクを手に持っている。遠くの世界だったアイドルが今、目の前にある。キラキラの世界に今、私はいる。 よし! と小さく拳を握った。 イントロが流れ始めて、私は可愛らしく小走りで、舞台へと向かった。 「みんな~お待たせ~! 短い間だけど楽しんで行ってね!」  わー! と大きな拍手が沸き上がる。  誰も、私が本当はノノハちゃんではないことになんて気が付いていない。たくさんの拍手の音が気持ち良い。イントロが終わり、Aメロが始まる。  良い音響でマイクを使って歌うのってこんなにも楽しくて、気持ちが良いのか。私の村には当然、カラオケなんてものはなかったから、マイクを使って歌うというのも初めてだった。声が通る。私の声ではないみたいだ。  今日披露している曲は、ノノハちゃんの楽曲の中でも人気が高いアップテンポで可愛らしい曲だ。先生に恋をする女子高生のラブソング。  Aメロは片思いだけど、Bメロで告白をして、先生も実は彼女のことが好きだったという流れ。でも、卒業までは付き合うことが出来ないから、それまでは今まで通り接しようと先生に言われて、少しだけ落ち込む女子高生。 基本アップテンポだけど、ラスサビ前のCメロだけ、少し切ない曲調になる。 ただ、歌って踊るだけでなく当然歌詞に寄り添って表情も変える。ラスサビは女子高生の卒業式で、これからようやく堂々と付き合えるねと笑い合ってキスをする、そんな歌詞で締めくくられる。最期はハッピーエンドの最高のラブソングだ。  あぁ、終わってしまう。  夢に見た世界で、アイドルが出来ている今この瞬間が楽しくて溜まらない。    終わらないで欲しい。ずっと、続いて欲しい。  だけど、音楽番組はあっという間に自分の時間が終わってしまう。  物足りない。私は、早くも単独ライブをしたい気持ちで溢れていた。 「聞いてくれてありがとう~! 番組はまだまだ続くから楽しんで行ってね!」  私は、キラキラの笑顔で観客に手を振って舞台袖にはけた。  そうして、夢のような時間は終わりを告げたけれど、私のアイドルとしての日々は、これからもずっと続いていくのだ。  これから、どんな日々が始まるのだろう。  こんな奇跡をくれたノノハちゃんには感謝してもしきれない。    私は、この先も精一杯アイドルとして生きていく——                               終
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