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非国民
『本日政府は全国民の寿命延長について「原則150歳まで」とするよう発表いたしました。これに対して医療研究チームは次のように意見しているようで────』
寝起きの耳に入り込んできた不愉快なニュース。
足元に放ってあったリモコンを手に取ってテレビの電源を消した。痛む身体をゆっくり起こす。
今年も伸びた。全国民の寿命が。
国民の生命を尊重するという政府の意向は、ここ数十年の中で変な方向へと曲がっていった。
僕が生まれるころ世界は既に狂っていたようで、僕の身体には生まれた瞬間、心臓に寿命を延長させるペースメーカーが仕込まれた。
自分の意思と関係なく勝手にアップデートされるペースメーカー。明日になれば、僕の心臓は150歳まで動くことになる。
中にはやはり自然な身体で死を迎えたい国民もいるらしかったが、政府にとって彼らは【非国民】の対象となるようだった。ペースメーカーの自己破壊は懲役50年強。勝手に自死しないよう、強力なペースメーカーを仕込まれて。
日本は最も健康的な国と呼ばれるようになった。多くの国民がそれを誇りに思っている。ただ、僕の隣人を除いて。
「これって、もはや拷問だよね」
予期しない横からの耳打ちに僕は身体を大きく揺らした。声の鳴る方には【非国民】のひとりが怪しげな笑みを浮かべて床に座っていた。
「あの、ここ僕の家なんですけど」
「ミズの家は、アタシの家。アタシの家もアタシの家」
そう言って彼女はテレビをつけた。先ほどまでのニュースはもう終わっていて、画面にはクイズバラエティ番組が放映されている。
彼女が言う「ミズ」とは僕のことだった。そして彼女のことを僕は、「アメ」と呼んでいた。
アメはテレビ画面を睨んだ。
「この芸人も本当はもう108歳だよ。なのに医療進歩の技術とかなんやらで肌は綺麗だし髪はずっと抜けない、白髪も増えない。生きてるってか、生かされてるって感じ」
ヘルメットを被って人間モグラ叩きを始めるその芸人はとても活発に動いている。見た目は30代半ばほどに見えた。
テレビを眺めていると隣にいたアメが腰を上げて台所の方へと向かっていく。
少し間があって、冷蔵庫を開ける音がした。
「アイス、ソーダでいい?」
「あ、はい」
「ほーい。あ、ビールもある」
部屋の隅でプシュッと音がした。普通なら身内でもない人間が部屋に無断で立ち入って冷蔵庫を漁り、そこにある発泡酒を開けて飲んでいたら警察沙汰だ。正直僕とアメは恋人でもなければ友人でもない。通報したら彼女は捕まるかもしれなかった。
それでも僕がアメの行動を認可しているのは、彼女が僕と同じ【非国民】だからだった。
「で、あの話だけど。どうする?」
彼女が言った『あの話』が、僕らのはじまりだった。
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