あこがれた音色

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「彼らは皆、どこか楽しそうなの。どれだけ辛くても、彼らは楽しそうにやっているの。やりたいことができるって、幸せよ」 そう言った彼女の顔が、一瞬だけ切なそうに見えた。 それは本当に一瞬で。 すぐにさっきまでの堂々とした笑みを浮かべて続けた。 「あなたは? あなたはクラリネットを今すぐにでも片付けて帰りたいの?」 そんなわけない。そんなわけ、ないだろ。 「金賞はすごいわ。でも、そこで止まって悔しくないの? 悔しくないなら、その時点であなたは本気じゃない。もっと本気を出せる。悔しいと思える。それが本気よ。あなたの伸びしろ。もっと楽しみなさいよ。それだけで変わるわ、絶対に。少なくとも、私はそう思う」 コンテストの受賞は全校集会で表彰されたことだから、彼女が知っていても不思議はない。 言っていることも間違っていないのだと思う。 だけど、見ず知らずの生徒にここまで言われっぱなしなのが癪に障るというのも本心で。 「……アドバイスどうも」 素直じゃない言葉が口をついて出てきた。 僕は彼女に背を向け、もう一度クラリネットを咥えた。 ソロコンテストで予選金賞に終わった曲を演奏する。 もっと、もっと吹いていたいに決まっている。彼女に煽られて、今更ながらに悔しくなってきた。 あんな言葉のキツイ女に発破をかけられたのも気に食わない。自分が情けない。
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