あこがれた音色

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クラリネットに憧れたのは、小学生の頃にやっていた子ども向け番組。オーケストラを楽しく解説してくれるもので、クラリネットの音色に惚れた。 中学に上がって吹奏楽部に入って、パート決めの時にはクラリネットパートに通い詰めた。クラリネットに選ばれた5年前。飛び跳ねるくらい嬉しかった。 中学の吹奏楽は人数が多くて、1年で夏のコンクールに出ることはできなかった。2年ではパート内でオーディションをやって落ちた。 3年では流石に壇上に立てたものの、ソロパートは取れなかった。少しずつ楽しさが薄れてきた。 それでも、楽器を手放せなかった。クラリネットをやめられなかった。 あぁ、思い出したら悔しくなってきた。なんであの時、悔しいと思えなかったんだろう。クラリネットが好きだったのに。なんで、思えなかったんだろう。 彼女に気付かされるまで、僕はずっと自分にある伸びしろの意味が分かっていなかった。悔しいのに、本気の意味が分かればこんなにもクラリネットが楽しい。 今すぐ楽器を片付けて帰る? ごめんだね。 「今の方がいいわ。さっきよりも上手よ。奏者が楽しそうで、聴いているほうも楽しいわ。……やればできるじゃない」 演奏が終わった後、また背後から声が聞こえた。 僕が振り返るのと、彼女が振り返るのはほぼ同時だった。散らばった髪の隙間から見えた耳の補聴器。 『やりたいことができるって、幸せよ』 さっきの言葉と表情が脳裏を過る。もしかすると、彼女の耳は生まれつきではなく……。ただの想像でしかないけれど、何か好きなことを奪われてしまったのかもしれない。 「待って!」 気が付けば僕は彼女を呼び止めていた。
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