あこがれた音色

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振り返った彼女の反対の耳には補聴器はついていなかった。 「……ありがとう。それと、いやな態度、とってごめん」 「気にしてないわ」 「名前、教えてよ」 そう言えば、彼女は驚いたように目を丸くした。 それから片手で口元を手で覆い、反対の手をお腹にあてた。 「……。っ、……ふは、あっははは!」 「は、はぁ!? なんで笑ってんの? どこに笑う要素あったわけ?」 「っふふ、ごめ、ごめんなさい。ックク」 やっぱり呼び止めるんじゃなかった、と後悔し始めた頃、彼女は笑いを収めて顔を上げた。目尻に浮かぶ涙を指で飛ばしながら。 「私、かなり嫌な言い方をしたと思うのよ。だからまさか、そんな申し訳なさそうな顔で名前を聞かれると思ってなかったの。それだけよ」 「自覚してるんなら言葉に気を付けなよ……」 ボソッと嫌味を投げる。聞こえているかは分からない。 「私、左は多少聞こえてるわよ。ふふ。私は(はやし)凪沙(なぎさ)。あなたの後ろの席よ」 後ろの席……って、クラスメイト!? 「ふふ、あんまり顔に出ないタイプかと思ったけれど、今は手に取るようにあなたの考えていることが分かるわ。じゃあ、そろそろ行くわ。邪魔して悪かったわね」 爽やかに教室を出て行こうとした彼女を呆然と眺めていると、教室のドアの前で立ち止まった。林さんは髪とスカートを浮かせて振り返ったかと思うと、少し掠れるほどの小さな声で口を動かした。 それを聞いた瞬間、意図せず顔が赤くなる。 僕の反応を見た林さんは、また楽しそうに笑って教室を出て行った。 『私、あなたのクラリネットの音色、好きよ。広崎くん』 了
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