シークレット・モーメント

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ふと、別の香りが過ぎる。それに心当たりがあった私は誘われるように釣られて見上げた。 「ちょっと、ごめんネ」 薄っぺらな謝罪と共に、私と男子の間に響先輩が腰を下ろすから、思わずフリーズしてしまう。 「……?……!?」 しかし響先輩にとっては日常の延長だ。彼は私の方へと小首を傾げて微笑んだ。目眩がするほど美しいそれだ。 「にーなちゃん、お疲れ」 「お、お疲れ様です」 月の満ち欠けも一週間では未完成だ。 それでも先週までは目が合うこともなく、ましてや“枢木さん”呼びだった呼び名が、一度ずつ曜日を跨いだだけで、こうも変化するものか。 「いつ来たの?」 「今です。バイト先で交代の子が遅れちゃったので、いまに……」 言いかけた言葉を飲み込む。私のバイト先なんて、響先輩の人生において、無駄な情報だ。そんなものを押し付けるよりも、もっと有益な情報を上げるべきだった。 「バイト?」 しかし、慈悲深い響先輩は私の情報を拾い上げて、続けてくれる。 「南門付近にある黄色い看板のカレー屋分かります?その隣のコンビニでバイトしてます」 「分かる。家、そっち方面なんだ」 「はい。アパートの入居を決めた後に、北門の方が駅に近いし、便利が良かったなって気づきました」 「いいんじゃね。向こう側に住んでるの真面目が多いよな。こっち側はうるせえのしかいねえ」 「(響先輩のお家は、)」 おそらく、この言い分だと北門付近。私のアパートとは正反対。 しかし、聞きかけてやめた。そんなもの、私が貰って良い情報じゃあない。
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