918人が本棚に入れています
本棚に追加
ふと、別の香りが過ぎる。それに心当たりがあった私は誘われるように釣られて見上げた。
「ちょっと、ごめんネ」
薄っぺらな謝罪と共に、私と男子の間に響先輩が腰を下ろすから、思わずフリーズしてしまう。
「……?……!?」
しかし響先輩にとっては日常の延長だ。彼は私の方へと小首を傾げて微笑んだ。目眩がするほど美しいそれだ。
「にーなちゃん、お疲れ」
「お、お疲れ様です」
月の満ち欠けも一週間では未完成だ。
それでも先週までは目が合うこともなく、ましてや“枢木さん”呼びだった呼び名が、一度ずつ曜日を跨いだだけで、こうも変化するものか。
「いつ来たの?」
「今です。バイト先で交代の子が遅れちゃったので、いまに……」
言いかけた言葉を飲み込む。私のバイト先なんて、響先輩の人生において、無駄な情報だ。そんなものを押し付けるよりも、もっと有益な情報を上げるべきだった。
「バイト?」
しかし、慈悲深い響先輩は私の情報を拾い上げて、続けてくれる。
「南門付近にある黄色い看板のカレー屋分かります?その隣のコンビニでバイトしてます」
「分かる。家、そっち方面なんだ」
「はい。アパートの入居を決めた後に、北門の方が駅に近いし、便利が良かったなって気づきました」
「いいんじゃね。向こう側に住んでるの真面目が多いよな。こっち側はうるせえのしかいねえ」
「(響先輩のお家は、)」
おそらく、この言い分だと北門付近。私のアパートとは正反対。
しかし、聞きかけてやめた。そんなもの、私が貰って良い情報じゃあない。
最初のコメントを投稿しよう!